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20190913:勝手気ままな経験的 ”大韓民国論” [ただの私見]

 中身の薄い長文です。ご注意下さい。
 日韓関係がかってない程に悪化していて、有名・無名/専門・非専門/嫌韓・非嫌韓を問わずにいろいろな分野の方々が背景・経緯・論点・解決作等々論じておられる(因みに自分は “無名”/”非専門”/どっちかと詰め寄られれば ”嫌韓” 派。但しこの国への関心/興味は基本的に無い)。

が:
 自分にはこれ等の韓国及び同国民への考察に際して決定的に “欠けている視点” がある様に想えてならない。
 それは彼等の民族としての “プライド” に関わる考察だ(残念ながら今の日本人の多くに欠けているモノです)。

 自分は小学校から高校まで同じクラスに所謂 “在日子弟” が一名か二名はいて、仲が良かった友もいたし、大学から社会人になった以降も身近にそういう方達がいて、彼等の存在に特別の違和感は無い。
 加えて現役時代に業務で都合10回には満たなかったが複数の企業及び大学を訪問、またソウル市で開催された国際学会へ出席した事があって、お会いした韓国の方々は等しく教養が高く、尊敬に値する方々が多かった(勿論、”好き嫌い” とか “興味/関心の有無” とは別の判断です)。
 これ等のちょこっとした経験から理解している事を整理しておきますと・・・

1.彼等は “誇り高い” 民族だ:
 彼等は、その心の根底では東アジアの文明/文化は中国で発祥し、朝鮮半島がそれを受け、より高めて日本へ伝えたと考えており、中国を “親” と捉えれば自分等は “長兄”、日本は “次弟” と位置づけていて、明らかに私らの捉え方とは異なる。
 私らの多くからは “噴飯物” と言われそうだが、妄想だろうが何だろうが “この事実” を知っておかないと彼等の言動を解釈する事は難しい・・・と経験的に考えるのです。

つまりは:
 彼等は何事に於いても “自分等の方が日本よりも上” だとの想いを持つ “誇り高い” 民族であり(但し視野は狭い)、従って何事に於いても “日本に負ける事は許されない”。

 でもって、最近やたらめったら出て来る “嫌がらせ” は、いわば “それしか出来ない” って事の裏返しに過ぎず、それが “自身の国家の品格” を著しく貶めている事には気づいていない。

 更に言えば、我が国が自然災害にあえば彼等の反日サイト(?)では大いに盛り上がるそうだ。

 更に更に言えば、これは冗談だろうと多くの日本人は想うに違いない彼等の想いは、アルファベット順では日本(”Japan”)が先で韓国(”Korea”)は後、そこで日本の前へ行くために国名の英語表記を “Corea” にしようって話もあったそうだ。

 更に付け加えれば、この国の海外大使館/領事館等の必須な取り組みの一つが地元自治体へ “日本海” の呼称を “東海” とさせる働きかけ/ロビー活動と聴いている。
 極々最近はNY州が丸め込まれているが、対して我が国の取り組みには座視感がある。

さて現実は:
 彼等が良く引き合いに出す事例としては、情けない事に自然科学分野のノーベル賞受賞事例が無く、日本に “負けっぱなし” だ。
 つまりは、自然の摂理に関しては人類に何の貢献もしていない(応用開発の分野、例えば次世代型太陽電池の開発等ではフロント・グループにいるものの、基礎研究への取り組みは後回しにされるのが理由だ。最近の我が国もそうなっているとの指摘が根強いが、これについては別の機会で・・・)。

でもって:
 毎年の10月前半、日本の受賞者が出ないと “ホッと安堵” している・・・とは正直な告白だ。
 逆に日本人受賞者が出ると “如何に無視するか”、或いは ”如何に難癖をつけるか” に躍起となり、腐心する。

背景には:
 近代史を年少期にあらゆる教材を使って教え込まれる事によって、かっての我が国による植民地政策が消える事の無い深い傷となって心に投影されているとは容易に推察され得る。
 その反射的思考が、”自分等は大昔から日本との戦いに負けた事が無い” と、”白村江の戦い”(663年)とか “文禄・慶長の役”(1592年)を持ち出す事さえあるのだ(いずれも日本側の呼称)。
 所謂 “評論家” と自称他称されておられる方々の “何方もがご指摘されていない” ので信じられないかも知れませんが、本当です。

加えて:
 この国は、人口は日本の半分程度、GDPも遠く及ばない。
 経済は国内消費だけは成り立たずに輸出律速で、対中国輸出が停滞すると経済全体が途端に失活してしまう・・・我が国も似たり寄ったりだが、幸いな事には国内消費規模が遙かに大きい。
 更に彼等は建前上は北と対峙する為に徴兵制をとり、膨大な軍隊を維持しなければならない事から、その経済的/人的負担は我が国の比では無いのではなかろうか。
 経済の面でも、社会制度の面でも残されているマージンは少なく、彼等に道徳的な余裕は無い。

2.私らは彼等を “下” に見ている:
 一方の私らの多くは、例えばいくら気に入らない安倍総理大臣だからと言って、その似顔絵の面を被った人間をこれ見よがしに足蹴りにする “やらせパフォーマンス” とか、国を挙げての “不買運動” なんぞ、”お粗末な民度の国民” のする事程度としか受け取らず、韓国は近代文化/近代思想/近代化の点で “遅れている” と捉えている・・・のではなかろうか。
 関連するが、所謂 “在日” と呼ばれる方々への “ヘイトスピーチ” 等を見聞きすると、人権に敏感な伝統的な欧州人に言わせれば根拠の無い “偏見” と指摘される。

 実態は彼等が特段劣っている訳では無く、近代化のスタートが遅れたに過ぎないのだが・・・

3.日韓悪化の背景には・・・:
 結局の所、何事も自分等を “上の筈” と思う彼等から国同士の合意事項の反故を謝罪する事はあり得ないと考えるし、また当然な事だが、これなくして我が国からの歩み寄りもあり得ない(そうであって欲しい)。

とどのつまりは:
 冗談とも本音とも取れる “唯一の解決可能な環境” は、彼等が例えばノーベル賞受賞者数で日本を上回り、日本を越えたとの実績を得て初めて整うのだと想うが、この可能性は実質的に “零” だ。
 つまりは日韓関係の根本的な解決は、ほぼ永久に見えない・・・残念ながらこれが自分の結論です。

 “善隣友好” は理想ではあるが、これが草の根レベル迄実現している事例がこの地球上であるのだろうか・・・とさえ想う。
 政治家は誰でも等しく、そして善意の市民等は目指すべきであろうが、優等生国家であり続ける事が行き詰まったのが今の世界政治の状況だと捉え、つまりは日韓関係は突き詰めれば “文明/文化の衝突” とも言える程に根が深いものなのだと考える者であります。

そして飛躍するのですが:
 朝鮮半島はいつかは統一され、結局は ”反日半島” となるに違いない。
 我が国はこの視点に立って “国家戦略” を練る必要があると想う次第です。

因みに:
 “日本は結局は中国側に立つことになる、これしか生き残る路は無い” ・・・ とは、先の大統領選挙@USAで只一人トランプ大統領の出現を予測した政治評論家:“木村太郎” 氏の見解でした(かってBSフジで論証していました)。
 これを飛躍すれば、ベストセラー連発の故・”T.クランシー”氏が予測した “日米再開戦” ・・・それすら “ちらっ” と頭を掠めるのが怖くなります・・・年寄りの妄想に過ぎない様に祈るばかりです。


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20190831:”NHK受信料” 問題を考える [ただの私見]

 先の参議院選挙で受信料を支払った人だけがNHK放送を受信する “スクランブル方式” を主張する党( ”N国党” と略称される様だ)が比例区で当選している。
 正直申し上げて自分にはその主張が何を意味しているのか解らずにいた。

が:
 最近 “ちょこっと” だけ考える様になった。
 きっかけは “これは経費で落ちません” (金曜日夜半;全10回)だ。

 第5回(8月23日)迄は現役時代を想い起こしながら観ていたが、第6回(昨日)になって例の “嘘つき女性タレント”(ベッ*ー)が出演しているのを観て、すぐさま以後は観ない事にした。

 自分は何事であれ “嘘をつく公人” を許せない、つまりは “ワンストライク・アウト” と考えるタチだ(自分は、芸人・タレント等は “私人” ではなく “公人” と捉える立場です)。

 民放番組であれば、彼女が出演する番組を観ない、そのスポンサーの商品を買わないとか、CMであればその商品には手を出さない・・・等で主義を通せる。

 が、NHKの場合、それが “出来ない”
 番組を観る/観ないに関係なく、受信機器を持っていればNHKへ受信料を払わなければならない事に法律上なっているからだ。
 半ば強制的だ。
 理由は “国民の皆様への公共放送” と言う建前だ。

確かに:
 災害情報とか政見放送の様な緊急性とか公共性の高い情報の放送は必要だが、NHKが放送する番組が全て緊急性/公共性に富んだ性格のものかどうか、極めて疑問だ。
 データー放送については民放に比べて内容がはるかに充実している事は事実だが、民放のパクリじゃぁないかと想う番組も多々あって、何故民放と張り合う様な番組を作るんだ・・・と想う。

これ等を踏まえると:
 NHK受信料については
  方式A:従来通り
or
  方式B:番組ペイ方式
   - 基本料(受信機所有者全てが等しく負担)
   - 番組毎のペイ受信(観た番組に対してだけ対価を払う)

とする方式の方が合理的だと考える。

 方式-”A” または ”B”の選択は受信機所有者の自由意志で決める事とし、方式-Bの基本料金には公共性の高い番組製作経費、及び基幹システム維持/開発経費を折り込む事とすれば、公共放送としての機能を維持出来る筈だ。
 何処よりも多数のチャネルを持っているが為に、それを埋める為に製作された番組だらけ・・・って感じるのは自分だけではなかろうて。

 直ぐにシステム構築が大変・・・との異論が出そうだが、個別番組毎のペイは受信機毎に機器番号が特定されている筈だから、技術的に困難なシステムとは想えない。
 実際、観たい番組のオンデマンド方式が既に実現され運営されている。

 N国党の主張する受信料 “支払う/払わない” の “All or Nothing” ではなく、公共放送機関として成り立ちゆく基本料金だけは受信機器所有者が等しく分担し、他は観たい番組だけペイ受信すれば良い・・・と言う考えが基本だ。
 個別番組については、一定量以上受信/録画していればペイ義務が生ずる等々、細論はいくらでも議論出来よう。

とにかく:
 受信者側の選択自由度が皆無の現行方式は、これだけ ICT(情報通信技術)が革新を遂げている現在、無理筋というものだ。
 思慮が薄っぺらな自分は、たかが嘘つきタレントの番組出演が気にくわないものの、何ら対抗手段を講ずる事が出来ない現方式に “?” & “苛立ち” を感じた次第です(プンプン)。

 今は銀行口座自動払いにしているが、早速取り消して来年度からは来宅して貰おう・・・と、些か "しょっぱい" 思い付きを考えたが、これは集金する方の工数を増やすだけなので実行は止めとこう。

因みに:
 自分にとっては、チコちゃん、ブラタモリ、ニャン歩き、ラグビー、記録/探報、一部の洋画/邦画、N-響辺りしかペイしたくない・・・が本音です。
 恐らくはNHKが放送する全番組の1%にもならないし、99%以上の番組はペイして迄も観たいとは想わない・・・そんな感じです。


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20190827:林文子横浜市長に “騙され” たっ!(怒) [ただの私見]

 既に一週間前の事。
 20日朝刊各紙に、”林 文子” 横浜市長が “IR(統合型リゾート)施設” を山下埠頭へ誘致する姿勢を鮮明にしたとあった。
 追う様に22日には正式表明したが、記者会見の席ではまともな説明は出来ておらず、記者のQ’s に対するA’s もなっちゃいない。

 やられたっ!
 それじゃぁ、先の市長選(2017年7月30日)では “白紙” と言ってたのは “本音” を隠す為の欺瞞戦術だった訳だ(選挙 “前” 迄は “誘致派” だった)。

 大した争点のない市長選だったし、また大変不遜な言い方だが、大した人物が立候補していた訳じゃぁ無かったので、市民の選択理由の一つに "前から燻っていたIR施設誘致" について “白紙、即ち、肯定していなかった” から、見ようによっては “公約違反” と受け取る市民も多いに違いない(私ら夫婦もそうだ)。

 ついに “本性” を剥き出しってか・・・の感じだ。
 人の良い年寄り連中は “ころっ” と騙されちゃった。

 我がワイフ殿なんか “カンカン”(怒)で、”リコール出来ないのか” って頭にきている。
 横浜市の有権者総数は300万人を超えている様だから、リコール請求には50万人近く(?)の署名が必要になるのだろうか・・・とすれば現実として無理かなぁ (>_<)

それに:
 可否を “住民投票” したら否定されるに決まっているんで、やる筈も無かろうて。

今のところ:
 誘致地域にある倉庫持ち主には反対派が多いとも記事にはあったし、議会野党は全て反対らしいけど、どうなるかなぁ・・・

 “IR” とか “統合型リゾート” なんぞと誤魔化した言い方していて、更に、”カジノ” は全体施設の3%以下とか言っているが、カジノが無けりゃぁ、他の施設に来る客なんぞはそうそうは居ない。

 要するに早い話が “賭博場” をお開きにして、テラ銭を狙う。
 つまりは、近い将来に税収入が不足する見込みを口実に賭博で稼ぐ・・・横浜ともあろう自治体がそんなコトして良いのかぁ?

 こんなのは他の市にお任せして、横浜はもっとましなモデル都市を目指さないか・・・って考えは古いでしょうか?
 “身の丈あった横浜” でいいんよっ!
 なにも “ミニ東京” を目指すなんてないのさ。

と言うのも:
 山下埠頭一帯は独特の雰囲気を今以て醸し出しているところだ。
 何時迄も昔通りに・・・が無理な事は承知しているものの、折角の “港横浜” が “博徒の横浜”/”金まみれ横浜” になっちゃうなんてっ!・・・(>_<)

 奮わない地元商工会議所や寂れる一方の元町商店等はこの金目当てで喜んでいるが、ICT(情報通信技術)を活用したビジネスに追いつけずに取り残されているだけの話で、一般市民の視線など持っちゃいない。

おまけに:
 何処かの国のギャンブル大元締めなんかが、既に立候補しているらしい市なぞ見向きもしないで “横浜こそ本命” ・・・ なんて言い始めているらしい。

でもってついには:
 “横浜には近づくなっ!” ってブログもありましたよっ!

どうしたら良いのか:
 住民税不払いしちゃうかなぁ・・・(出来りゃぁ良いんだが・・・)
 まぁ、区民説明会があったら必ず出席しよう。
 また署名運動でも起こったらさっそくにも記入する程度しか自分には出来ないんだろうが ・・・ それが悔しい。

 やっぱり “政治家は嘘をつく” 。
 そういえば “嘘も方便” って言うからなぁ・・・もう一度嘆きますが、悔しいなぁ(怒&涙)。
 こんな嘘つきが横浜市長なんてっ!
 恥ずかしい。 

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20190731:意見応募(韓国ホワイト国除外@経済産業省) [ただの私見]

 安全保障の観点から、その不備が指摘されている大韓民国への輸出規制強化の一環として “ホワイト国” 扱いから外す政令改定に関わる意見公募(@経済産業省;所謂 “パブリック・コメント” って奴)があり、さる24日〆切りと言う事を知らされて些か慌てて “ぎりぎりになって” 応募した。

 今は応募もネット上で簡単に出来る・・・事もあってか、10K件を軽く越える応募があったような。
 自分につけられた応募番号は “日付け+50万” 台だったが、これは整理の都合上なのだろうから、実際に50万件在った訳では無かろう。
 が、大変関心を集めている意見公募案件であったに違いない。
 自分もその例で、意見応募するのも久しぶりだった。
 応募意見を集約して、どう整えて発令するのか、見守っていきたい(まぁ、常識的に殆どが賛成意見だろうから、形式的な手続きに過ぎないとの噂も当然ながらある筈だ)。

少し横道にそれて・・・:
 今や難民/移民問題に端を発した “民族主義”(“自国第一主義”)が台頭し、優等生の様な “何処の国とも仲良く” ・・・ っていう時代は遠くに去ってしまった感じだ。
 EU議会と言えば、(旧)王侯・旧貴族・高級政治家/官僚卒等から構成され、理想論を展開した感があるものの、構成各国の足許を見れば最早一枚岩では無くなっている。

 背景には “経済問題” とか途方も無い “情報技術革新”、更にはこれ等を支える “素材開発力” によって国々の間に失地回復不可能な格差が生じただけでは無く、”価値観” をも巻き込んだ “文明/文化の衝突” が・・・との考察も米国にはあると聴いています。

そう言えば:
 今は大昔、”文明の衝突” って衝撃的な論説がありましたっけ。
 素人ながら米中貿易戦争を横から見ると “全く違う文明同士のぶつかり合い” ・・・ としか見えない・・・そういう事らしい。
 つまりは他国への思い遣りは置いておき、遠慮の無くなった自己主張しまくるギラギラした時代になっちゃった・・・(>_<)

似たような近代史・・・:
 観た事・聴いた事あるような・・・
 “歴史が教える通り、歴史は繰り返される”。
 だからこそ歴史なのだ・・・とも言える。
 日韓問題も例外ではあり得ない。
 国同士の合意事項が時の政権意向次第でいとも簡単に破棄される・・・これでは "話し合いで何とか" 何てことは未来永劫無理というモノだ・・・と考えざるを得ない。

であればこそ:
 我が国にあっては時代を乗り越え得る “国家ビジョン” とその実現に向けての “戦略”/実行手段としての “戦術” を練り上げて、”若い方々が誇りを持てる国” を目指す政策遂行を祈るだけであります。
 年寄りはこれからの日本を背負う、背負わざるを得ない若い世代の邪魔をしてはいけません・・・まぁ、そういう心得に立った意見応募のつもりではありました(勿論 “異議無し” の立ち位置からであります)。


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20190730:これはテロでは・・・(京都アニメーション放火殺人事件) [ただの私見]

 7月19日に起きたこの事件。
 何の罪も無い35名もの方々が犠牲になってしまった救いようのない事件。
 被害に遭われた方々のご冥福と速やかなご回復を祈ります。

 これはテロ以外の何物でも無い。
 “日本は安全” ・・・ もはや通用しない神話だ(*1)

 ガソリンを凶器に使う・・・これ迄に例が無かった訳では無いとの報道だったが、これだけの被害が発生し得る事が世界へ発信されてしまった今、”新たなテロ手段” として模倣する組織が出て来る事が懸念される。

 国はガソリンを個別に購入する人物に対しては身分証等の提示確認を求める仕組みとしたようだが、クルマの燃料タンクに補給すれば簡単に小分け出来る事を忘れてはいけない・・・こっちの方も漏れの無い様な仕組みにしないと。
 何か、世の中、 “箍(たが)が外れ” てしまった・・・そんな時代になった感じがしてなりません。
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(*1)20190129:日本は ”安全” な国?


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20190727:昔からの疑問(参議院の存在意義って?) [ただの私見]

 欧米、特に英国二院制を模倣した制度だろうが、何故存在するのか “意味” も “意義” も見い出せず納得しないままに今回も参議院選挙・・・”相も変わらず” ですが投票してきました。
 自分にはどうしても “支持出来ない政党” が複数あるので、対抗政党候補への一票のつもりでの投票であります。

 投票場は近場の中学校で、職員・来賓等向けに用意されている駐車場はガラガラ、校庭でサッカーの練習をする生徒らの元気なかけ声だけが賑やかだった。
 この地区の投票率は50%を大きく切った様だ。
 それだけ盛り上がりに欠ける選挙だった・・・と言えるのかも。

そして:
 横浜地区では特段の波乱無く、予想通りの結果でした。
 ”変なの” が出てこなくて良かったのかも・・・とは昨夜の飲み友の言い分でした。

 “良識の府” ・・・ らしいが、自分にはそんな風には見えないので、そんな見方する人が居たらお目にかかってその理由をお訊きしたい・・・位です。

 歳取った “業界代表” 選手が “業界利益” を死守するだけで6年間居座って再選、再選されないまでも何年か経って生きていれば “勲章” にありつく。

 だもんだから身を切るような改革なんぞ未来永劫に出来ないだろうから、この不毛な議院制度はこのまま続くのだろうか・・・21日夜はTVで選挙速報を横目で眺めながらこんな思いにふけっていました。

単なる私見に過ぎませんが:
 意味・意義ある参議院にする為に、現行の30歳以上とする被選挙権を “25歳(=衆議院)以上/かつ例えば60~65歳以下” として、 “年寄りを排除” し、専ら若手等が活躍出来る場にして、この日本の将来設計を議論し、仕組みを制度化する・・・事にしたらいいのになぁ。
 自分は、とにかく “顔にシミだらけ/皺だらけ” の醜い年寄りがたむろする参議院には意味も意義も感じないのであります。

 うぅ~ん、少し言葉が過ぎましたか ・・・ m(_ _)m

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20190703:嘘はいけません(”闇営業” 芸能人) [ただの私見]

 吉*興業所属芸能人11名(27日には更に2名)+ワタナ**所属2名が反社会勢力組織の忘年会等に出演し、所属事務所を介さずに内緒で現金報酬を受けていた事件が暴露され、話題だ。
 雇い主に内緒で出演料を “懐” にしてしまう事をこの業界では “闇営業” と言うらしい。
 勿論、所謂 “働き方改革” 論議のついでに言う所の “副業” とは主旨を異にしている。

が:
 芸能人が闇営業するなんて ・・・ “昔から” だった筈なので、これからもっともっと暴露されたとしても自分は少しも驚かない・・・デス。
 何時売れ始めるか解らない下積みの時期とかに声をかけられたら、先方の詳細を確かめる事無しに出演してしまう・・・なんてあったとしても不思議では無い。
 だが、その場に行った瞬間に即、”危ない組織” だと気がついている筈で、そのままにしてほったらかしにしていた事が致命傷だ。
 報道写真によれば、裸にされたり、万札を繋げた首輪をさせられたりしていて、これがまともな人達の集まりかどうか、誰だって解る筈じゃん。
 それにしてもこの写真、主催者側の誰かが撮ったのだろうが、どんな経緯で報道側は手に入れたんだろうか・・・なんて、余計な事を考えちゃいます。

それとは別に:
 同じ様な事例、芸能界に限らず他にもいくらでもあるのでは?
 例えば、ネットで広告代理店じみたニュースを流してたり、学識者とか有識者とか言われている方々が匿名とかペンネームで駄文を書いたり、或いはインタビューを受けてコメントしたりして雑誌社等出版元から ”おクルマ代” とか “謝金” を受け取っていながら、ちょっとした “バイト感覚” のつもりで所属大学機関とか法人組織へ報告せず、或いは所得確定申告していない例は昔からある筈ですよ(現役の頃、聴いた事ある)。
 これだって “闇営業” なんじゃぁ?
 まぁ、おそらく芸能人のそれとは桁違いに少ないとは想うが・・・

さて:
 むしろ問題は、高齢者から預貯金を騙して掻っさらう詐欺行為を常習とする反社会的勢力組織とつきあってしまった事自体の筈なのだが・・・極端な言い方をすれば “詐欺に荷担” した事になっちゃう。
 麻薬中毒等ももっての外だが、外から見ている限りこの場合は自身の身体を蝕み、滅ぼしていくので自業自得とも言える。
 が、高齢者から騙し取った金を回り回って懐にしてしまったのは、人生の最終コーナーを廻った悪い事何もしていない弱者をそのゴール前で叩きのめすに等しく、許しようが無い。

 もう一つ、週刊誌報道で暴露された時、”金を受け取っていない” と “シャァシャァ” と “ウソ” をついた事だ。
 我がワイフ殿のTV番組からの受け売りだと、週刊誌でバラされる直前に件の奴らは
   - 出演料は貰っていない
   - 反社会勢力だとは知らなかった
と口裏を合わせる打ち合わせをしていたそうな。

 道理で誰かが書いた “ひな形” をなぞったような “釈明コメント” だったし、 “そういう勢力だとは知らなかった” ・・・ なんて言い訳を果たして誰が信じるのか。

“せめて” こうすれば良かったのに・・・:
   - 金は受け取ってしまった
   - 反社会勢力だったと解ったので、受け取った金額を何倍かして
     詐欺被害者救済組織があればそこに寄託する
   - 所得の修正も正しく行う

とし、その上でこのような不始末をしでかした自分を罰する意味で “謹慎する”、 加えて当局の調べには真摯に協力する ・・・ と自ら明かせば “少しはまし” だったのに。

 もう遅いや・・・こう言うのを昔の人は “覆水盆に返らず” と言っている。

そう言えば:
 “不倫してません” ・・・ って “堂々とウソ” をついたベ*キーという女性タレントがいたが、随分と長い間干されていた。
 最近、時たまだが、品の無いCMで見かける。
 が、画面に写った瞬間に自分は他にチャネルを変えてしまうし、そのスポンサー商品は肝に銘じて絶対に買わない。

 芸能人であれ、誰であっても “ウソ” はいけません。
 一般市民とは桁違いの収入を手にしている方々はそれだけで “ワンストライク・アウト” ・・・ “一巻の終わり” です。
 “出直し” は効きません。
 仮に “復帰” しようモノなら、こう言うことに限って “物忘れ” しない偏屈な自分はその番組スポンサーとなった企業の扱い品には一切手を出さない・・・そういう考えです(何の効果も無いこと、承知していますが (>_<) )。

 モラルも何もあったモンじゃ無い今の世の中、正直に申し上げれば、芸人に限らず、政治家や官僚もそうであって欲しいのだが・・・


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20190619:先取り? 後取り?(年金受給時期) [ただの私見]

 例の “金融審議会@金融庁の報告書” がきっかけで改めて “年金の受給時期” が話題になっている。
 国民年金の場合、今の “標準” 受給時期は65歳だが、60歳からの “先取り”(=国側は “繰り上げ支給” と言う) だと凡そ▲30%、70歳からの “後取り"(= “繰り下げ支給” と言う) だと+40%強の減額/増額受給となり、年金制度破綻を可能な限り先送りしたい厚生労働省はあの手この手で(?) ”後取り” させようとしているらしい。

が:
 ”後取り” は増額であっても “受給期間が短い” から単純には決められない。
 自分の場合、実際は73歳過ぎ迄勤務に就いていた事もあって “後取り” も可能だったが、たいして考えもせずに ”標準” 受給としていた。

が、今想えば:
 “先取り” しておいて、些か余裕のあった先取り期間は全額定期預貯金しておくべきだったか・・・との “後悔” らしきモノ皆無とは言えません(正直の話)。

何故って:
 言い古された “言いまわし” だが “世の中は何時だって一寸先は闇” だから。
 人生は平坦では無い。
 紆余曲折が前触れ無く現れたり、いつ何時何が我が身に降りかかるか解ったモンじゃぁない。
 増額を期待して70歳迄受給時期を遅らせるつもりでいても、その間に老化は確実に進み、遺伝子コピーミスが重なって回復不能な病気にかかる確率が高くなる一方だし、致命的な事故/事件に遭ってしまえば、その瞬間に全てが “おじゃん” ・・・ だ。
 つまりは、70歳から増額受給されたって長生きせなぁ、受給総額が増えるとは限らない(計算式が公表されています)。
 それに男子平均寿命よりも些かでも長生きすれば減額分なんぞ幾分かは取り戻せるし・・・

 老後の心配の無い役人とか所謂 “識者” 等が委員になっていたのだろう、審議会報告書に例示されたモデル・ケースには “人生の縮図” が描かれておらず、どれ程の意味があるのか。
 人は皆それぞれだ。
 平均値で計れるモンじゃぁない。
 受給を遅らせ、その間に何か不都合なことがあったからと言って厚生労働省が補償してくれるわきゃぁ無い。
 ましてや投資で想い通りにいかなかったって金融庁が・・・

そんな訳で:
 よたよたしながらも今の年金制度が機能している内に少しでも先取りしておき、それとなく “その時” を迎えるべく細やかな準備をしておく事です。

 お国の政策に逆らう事になりますが、今の政治を観れば高齢者の生活自衛は “これっきゃぁ” ありません。
 お若い方々にはご迷惑をおかけします m(_ _)m

付け加えて:
 先行高齢者世代を後続世代が支える・・・絵柄は見事だが、高い高い社会保険料を払い続けた受給資格者から観れば、少しでも早く“取り戻したい” 気持ちを抑える事はどだい無理と言うモノです(有り体に言えば、歳を重ねる程に頼りになるのは国とか自治体では無く、”マネー”だと気がつくのです)。

そんなもんで:
 自分が払い込んだ分の年金制度なら持続可能な制度に近づく・・・と想う次第です。



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20190618:”原則” と ”特例”(選手選考@女子体操世界選手権の場合) [ただの私見]

 スポーツの世界で、五輪とか世界選手権とかへの日本代表選手を選出する際、各競技/種目別にそれぞれの協会理事会等が納得の上で “基準” を設けるのが普通だ。
 選手やコーチ陣はこの基準達成を目指して猛練習を課している訳だ。

が:
 今回、女子体操世界選手権(この10月にドイツで開催)出場選手選考ではお粗末な騒ぎが起こり、その発端が余りにも “身勝手” で、”またか” って感じた。
 女子選手のホープ的存在であったM-選手が出場自体が選考基準に定められていたNHK杯選手権(5月開催)を怪我で欠場して選考対象から外れる事となった。

が:
 10月開催世界選手権では2020東京五輪での団体出場権がかかるので、T-女子強化本部長が戦力上どうしても必要だとして “特例” でM-選手を選考させようとした。

が:
 8日に開催された理事会で紛糾・激論の末、反対過半数で “拒否” されたと言う(6月9日各紙朝刊)。
 15名の理事会で8名が反対だった様だ。
 本部長の “ごり押し” は拒否されたが、世界選手権で上位に収まらなかった場合の “言い訳” に利活用されそうだ。

事例は体操の世界に留まらない:
 過去にも男子&女子マラソン選手選考に際しては基準がないがしろにされた事例に枚挙が無く、原則を定めても “特例” がまかり通った事例はまだまだ記憶に新しい。
 1992年開催バルセロナ五輪で女子マラソン銀メダルに輝いた有森裕子選手も、選考基準からは外れていたとされたものの特例で選考された。

が:
 “世間” は結果オーライ。
 称えられるだけで、原則が曲げられた事への論議は消え去ってしまっている。
 基準を満たし、原則通りでいけば選考された筈の選手へ寄り添う世論が果たしてどれ程あっただろうか。

原則は決めても特例がまかり通る:
 権力を握った “黒幕” がいる世界では何処でも起こり得る事なんだろうが、今回の女子体操界の結論は茶番に終わらずに “良かった” ・・・ と自分は考えます。
 たとえ世界選手権での成果が不首尾であっても・・・・

 原則が通らず、経緯が明らかにされない “裁量を通した特例” が罷り通る村社会は、若者の才能を活躍させる場を狭めるだけ・・・と、自分の短からぬ経験からして考えるのです。


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20190615:えっ! 本当っ?!(老後30年の備えに必要額≒¥2K万円!) [ただの私見]

 金融庁がこの3日に公表した長寿社会における資産づくり/金融サービスの在り方の中で、65歳定年後に30年間(=95歳迄) “つつがなく” 生活するには “¥2K万円” の備えが必要との事だった。

 端的に言えば、”公的年金ではまともな生活は叶わず”、この程度の預貯金が別途必要と言う事だ。

 これを観て聴いて直ぐに想ったのは

① 年金だけでは足りない事くらい経験上知っているが、自分及び我がワイフ殿の寿命が95歳迄とは想わないので、¥2K万円も必要とはしない。

② “公的年金制度で老後の生活設計をきちんと守る”
・・・という意味の事を安倍総理大臣が事ある毎に明言されていた・・・と記憶しているのに、金融庁の方は
   “きちんと生活出来るには年金だけじゃぁ駄目なんよっ!”
って言っている。 

 つまりは、公的年金は厚生労働省所管の制度であり、一方今回話題を撒き散らした金融庁は金融、有り体に言えば余りパッとしない株式市場とか金融商品市場を盛り上げる事がお仕事なので、
   “厚生労働省の公的年金は頼りにならないので株を買いましょう”

・・・ ってな事を言っている・・・としか聞こえない。

そんなんで:
 公的年金制度の100年安心安泰設計を請け負ったのが総理大臣にして自民党総裁、一方それだけじゃ駄目と言ったのが副総理大臣/金融相にして自民党副総裁なんだから、自分の様な “まとも” な国民には “訳が解らない”。

 恐らくは金融庁の思惑は、お若い方々とか、資産を預貯金の方へ廻す年寄りへ “投資させよう” とするのだ・・・と勘繰る訳だが、確かに多くのというよりも殆どの年寄りは
  健康不安 ⇒ 医療社会制度維持への疑問 ⇒ 預貯金
と想う訳で、そう簡単に株式等には手を出さずに温和しくしている筈だ。
 またお若い現役の方々だって、家のローンとかお子様の学資とかでアップアップ間際で、余裕のあるご家庭がどれ程おられるのか・・・

結局:
 言われなくとも年々目減りしていく年金だけでは足りずに預貯金切り崩しで生活しているのが実態の年寄りにとっては今回の金融庁報告で改めて “年金制度は怪しくはなってきた” ・・・ 何て邪推してしまう。

そこで:
 自分は囃し立てる金融庁の言い分なぞ、一切聴く耳持たない・・・で行こうっと、決めました!
 株式投資とか金融商品へは一切廻すもんかっ!
 たいした利回りは無いのに “手数料” だけはきちんと取られるのは “搾取” としか想えないからでもあります。 

でも:
 現役の方々は何としても、少額ずつでも良いから預貯金を考える必要があるのは悲しい現実です。
 今の政治を見てお解りの様に、自分の身を守ってくれるのは結局は自分だけなのです (>_<)


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20190610:”ペダル踏み間違え” 考(高齢者クルマ運転事故) [ただの私見]

 “高齢者” による “アクセル/ブレーキペダル踏み間違え” 事故が後を絶たない。
 多くのメディアで高齢者の “認知機能低下” とか ”反射神経や脚筋力の衰え” 等に主因を求める解説が盛んだ。
 加えて踏み間違えを防止する後付け部品も商品化されて来ているとの紹介もあった。

 自分も該当する年齢層なので “他人事ならず” の気持ちで観て聴いていたが、“尤もだ” ・・・ と想う反面、”何か足りない?”、“ピンとこない” 事がある

 何か今一つか二つ位の要因が欠けている気がしてならなかったが、いつもお訪ねしている某氏の5日付けブログに事故を起こしたクルマ系特有のシフトレバー操作に論ずべき課題がある旨示唆されていた。 またそのブログへの書き込みにもオートマ電動車特有の論点が示されていた。

 これらを読み込んでいた自分は、メディアで自動車評論家とか交通事故分析専門家の方々の指摘に “物足りなかった要因” が朧気に浮かんだと言うか、思い当たった事があったのです。

 それは高齢者の認知機能低下や反射神経/運動機能の衰えとかに上乗せする形で旧来車とは違う “運転操作” 自体の事、更に “高齢者特有の思い込み/習性” であります。

自分の場合:
 クルマ運転歴50年程の殆どでドイツ車を使用していました。
 その経験ですが、
① 車道右側通行の国のクルマの多くがそうだと想いますが、ウインカーレバーとウオッシャーレバーの位置づけが国産車とは反対です(右にウオッシャーレバー)。
 自分は2年前に国産コンパクトカーへ乗り換えましたが、今でも極めて稀ではありますがこのレバー操作で右左をまごつく時があります。
 つまりは、長い年月をかけて身体に染み込んだレバー操作は2年足らずでは完全には切り替わりはいない・・・つまりは、瞬時には “昔の癖” が出てしまう時が100%無いとは言えないのです。

② またシフトレバーのマークとか位置づけが微妙に違っていて、液晶表示板頼りでレンジ確認するのには未だに違和感を拭いきれないでいます。

③ 今は解りませんが、フットペダルにはオルガン型のもの(←昔のビートル車)とピアノ型(←多くの日本車?)があって、乗り換え時に置き換わると踏み込む感覚がまるで違うのに慣れる迄相当時間がかかった記憶があります。

事故を起こした高齢者の方々は:
 クルマ運転歴が極めて長く、従って現有車以前のペダルやシフトレバー操作とかオートマ車特有のクリープ特性の応用とかに熟達されていて、軽度な、あるいはうっかりとした違反はともかく、重大な事故は起こしてきていないのではなかろうか。

であっても:
 今のクルマの多くは旧来に比べて計器類及びその表示法のデジタル化が著しく、加えてシフトレバーのレンジも複雑化していて、お若い世代ではこの程度の変化は何の苦労も無く乗り越えられるだろうが、高齢者ドライバーの場合に “瞬間的な判断を要する緊急時” でいつも正しく対応出来るのか・・・保証は出来かねるのでは無かろうか。

つまりは:
 緊急時等、旧来車の仕様が染み込んだ身体が途惑い、パニック状態に陥って慌てまくり、知らずにペダル踏み間違いに繋がる・・・って可能性はないのだろうか。

そこで:
 ペダル踏み間違いを起こした高齢者ドライバーの車歴を詳細に調べ尽くせば、何か共通因子が浮かび上がり、緊急時に適切対処出来なかった遠因が解るかも知れません。
 自分の経験からして、そんな気がしております。

加えてここからは邪推に過ぎませんが:
 自動車メーカーは民放TV局の重要な広告スポンサーだからして、TV番組にクルマの構造に要因の一部を求める事は金輪際出来ないだろうし、ましてや評論家にはそんな事は口が裂けても言えないだろう・・・と想うのは自分だけなら良いのですが・・・?
 (>_<)

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20190602:プラ製品見直し [ただの私見]

 所謂 “マイクロプラ問題” とか “海洋汚染” 等をきっかけとしてプラスチック製品を見直す動きが “急っぽい”。
 プラ製レジ袋を有料化してマイバックの普及を図るとか、これ迄のプラ製を紙製へ置き換えるとか、環境省や製紙メーカーの取り組みが頻繁に新聞・TV等で伝えられる様になった。
 一向に無くならない過剰包装とか “過度なプラ製品” 等、見直しは大いに結構だ。

 全くの年寄り個人の考えだが、ここで言う過度なプラ製品の例として書籍などの輸送に使われるようになった “プラ製封筒” も一例として挙げておきたい。
 紙製であれば、古紙として分別回収する仕組みが出来上がっているし、こまめな人はバラして裏側をメモ用紙として再利用した上で古紙として廻すだろう。

 今では多くがプラ製封筒となって、先ず開封が面倒、使用済みプラ製品として分別排出したとしても宛名部分は紙ラベルで貼り付けられていて素材へのリサイクルには適さず、結局は他のダーティーなプラ製容器包装類と一緒に焼却処分されるのが殆どだろう。 封筒をプラ製にする必然性は実質無い・・・と常々想っている。

 自分は現役時代、素材メーカーに勤めていたので、あらゆる商品・部品・部材のプラスチック化が精力的に取り組まれていた実態を目の当たりに見てきている。
 素材メーカー側が用途拡大にやっきとなる意気込みは痛い程理解出来るが、いまや無理して “恣意的な需要” を産み出そうとする時代ではなかろう。
 石油は有限資源・・・たとえプラスチック原料としての利用はたいした事では無いにせよ、本当に適切な所に使いましょうよ


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20190529:大当たり!?(”くじ”@コンビニ) [ただの私見]

 我が家ニャンのダニ除けお薬を受けに行きつけのワンニャン病院へ出かけた帰り道、コンビニに寄って何やら細々としたものを買い揃えたところ、レジで “くじ引きをどうぞ” と言われた。
 何か催しているらしい。
 言われるままに引いたら “当たった” らしく、やや大きめのボトル詰めコーヒーを貰った。

 自分は人生のつき(=運/不運)は幕を下ろす時には “ゼロ・サム(*1) になると想っているので店員さんに
  「自分の人生の “つき” をここで使うのはなぁ・・・
   どうせなら年末宝くじで・・・」

って言ったら、周りのお客さんを含めて大笑いしました。

 「つきではなく “おまけ” って感じでどうでしょうか?」
 そう店員さんに “励まされ” ました!

 臨機応変に良く気がつく店員さんでした (^_^)
-----
(*1):人生最後の段階で総括してトータルすれば、個々の “+” も “-” も帳消しされて “0” になるって事です。
 “人間万事塞翁が馬” って諺が在る位 (>_<)


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20190527:所謂 ”記者会見” TV中継を観て聴いて [ただの私見]

 何時頃からだろうか、事件・事故等々当事者等への記者会見がTV中継される様になり、それを通して会見主催側と出席記者等の “人柄” とか “人格” って言うか、”質” って言うか、そういう所までTVは映し出す事が気になり始めていました(歳のせいかも)。

 国会とか政令都市で活動する( ← ”活躍” ではありません)政治家はさすがに取材の受け方も “巧み” な方が多い。
 失言を繰り返す政治家はむしろ屑のような例外的落ちこぼれだ。
 こう言う、いわば “檜舞台” で取材する側は “一線級” を揃えて “恣意” 的に失言させる意図もあるだろうから Q&A’s は観て聴いて面白いケースが多い。

が:
 最近は取材側に問題・論点があるケースが結構多い・・・感じがする。
 ちょっとした記憶に残るものとして、
  ① ”日大アメフト悪質タックル事件” で監督とコーチへの繰り返される
    “全く同じ” 質問、
  ② ”嵐” の解散予告会見での根拠の無い批判を盾にした “嫌がらせ” 質問、
  ③ つい最近の “大津市@滋賀” での無謀運転で悲惨にも死亡した園児等被害者
   側施設の理事&園長等への意味の無い “無神経” 質問

等、むしろ記者連中の “質の悪さ” ばかりが目立ってしょうがない

 特に③では、まるで被害を受けて泣き崩れる園長への “園児を散歩させたのが悪い。責任はそっちにもあるのでは” と言わんばかりの質問は観て聴いていて腹立たしいばかりだった。
 不遜な言い方だが、地方で起きた事件だった事もあって、出席した記者連中も一線級の人材では無かったセイかもしれないが、あれは酷いモノでした。

 報道の “自由” は勿論尊重するが、同時にその自由には “勝手気ままな” と言う意味では無く、その内容への “責任” を伴う。
 従ってその責任を持ち得る “見識を持った人材” を揃える、更に記者会見も “質問する側への節度あるルール” が必要と感じた次第です。

ついでに:
 “戦争発言” した丸山穂高議員が “報道の自由” とか “辞職の前例を作らない” とか “ほざいている” 様だが、今のままでは単なる “屑議員” の一人としか歴史には残らない。
 ここはきっぱり議員辞職してこそ “屑発言した議員は辞職せざるを得ない” と言う “前例を作った議員” として歴史に名を残すべきだろうて・・・東大をご卒業し、経済産業省への入省を果たした学業優秀・頭脳明晰なお方でも、”濁った政治の水の中では腐っていく” 典型例のように年寄りには見えてしょうがありません(つまりは東大とか経済産業省自体が悪いのでは無い)。
 残念な事ではあります。


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20190518:不思議(?)な事(世論調査) [ただの私見]

 ここ半年程の週末、やけに “世論調査の電話” がかかってくる。
 ランダムに抽出している筈なのに・・・(>_<)

 その世論調査結果なのだろうが、月曜日の新聞には内閣や政党支持率の記事が掲載され、前回対比等の結果が示される。

 で、何時も不思議感が強いのだが、”どの政党を支持するのか” の問に対して支持政党を回答する場合は問題無いが、”支持政党無し” とする回答も半分程もある。

 が、その内容は一様ではない筈だ。
 普段は特別に支持する政党は無くとも選挙の際には “人” で選ぶ場合もあろうし、時勢に流されて少しでも “まし” と信ずる政党・人を選ぶ方々もいるだろう。

 が、中には ”絶対にこの政党は支持しない” ・・・ と言う政治信条を持っている方もいる筈だが、この様な方も “支持政党無し” に組み込まれてしまう。

そこで提案:
 設問に “支持しない政党は?(複数選択可)” も設けて欲しい。

 この方が世論の有り様を今よりは明らかにするのでは無かろうか?
 政党の方も “何故嫌われているのか”、自己分析が進み、まともになっていく・・・事を期待するのですが (>_<)

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20190511:ほんとに意味するところは?( ”映画:スタンド・バイ・ミー” ) [ただの私見]

 平成最後の日(4月30日)の午後、NHKBSで懐かしい映画を放送していた:
   ”スタンド・バイ・ミー”(製作:コロンビア映画,1986年)

 B.E.キングの歌が流行った奴で、悪ガキ4人の一夏の経験、特に一泊の遠出で “死体” を探しに行った “冒険談” で少しだけ大人になる・・・と言うのが封切り当時に見した時の印象だった。

が・・・:
 原作はS.キング:”死体”(The Body)で、どうやらそんな単純な話では無かった・・・と今頃になって気がつきました。

 4名は裕福とはほど遠い田舎の家庭のいわば “落ちこぼれ” で、普段は樹の上に作った小屋でカード遊びしたり、タバコを吸ったりしている悪ガキ仲間だ(と言っても本人等の責任では無い悪ガキになった “それなりの理由” はあるのだが・・・)。

 この4人の一夏の冒険を描く中で、それぞれの性格が明らかにされていき、更に “友情” のありかたも変わり、以後の人生の “行方” をも暗示する。

 2名は町を出る事もなしに平々凡々に暮らしていく一方、町を出た2名は苦学の末に一名は作家に、一名は弁護士になり、これは見ように依れば社会の成功者側へ移る。

 しかし、在る時に弁護士は正義感故の事故で死亡し、作家がその新聞記事から昔を想い起こし、二度と得られなかった友人を偲ぶ・・・まぁ、これが大筋とも言える。

 今の自分には、町を出る事の無かった2名は取り残された “プア・ホワイト”、外に出て立身出世した2名は “成功者” ・・・ を意味しているかの様にしか見えない。
 これは錆び付いたベルト地帯の有様をあからさまに暴露したルポ(*1) の印象が余りに強いせいからかも・・・

 ともあれ若い時の無茶振りを懐かしむ・・・と言うだけ映画では無かろうと気がついた次第ですが・・・どうも、あの歌が “誤解” を招いている気がしてなりません。

因みに:
 脇で出演していたK.サザーランドは名優D.サザーランドの息子さんで、親父さん生き写しだって事に今回初めて気がついた。
 まぁ、作家役のR.ドレイファスが “アメグラ”(アメリカン・グラフィティ)や “ジョーズ” 等でお馴染みさんなのは承知していたけど。
-----
(*1):金成隆一著:”記者、ラストベルトに住む”

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20190501:令和最初の日 [ただの私見]

 昨日同様、多くの方が同じ主旨のブログを投稿されるでしょう。
 本日からの “令和の時代” が安らかな、穏やかな時代であります様に、同時に新元号の主旨の通りに私たち日本人一人一人の花が大きく開き、咲き、そして誇れる時代であります様に祈ります。

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20190430:平成最終日 [ただの私見]

 多くの方が同じ主旨のブログを投稿されるでしょう。
 ついに “この日” が来ました。
 何事も西暦で記録し記憶してきた自分でも “感無量” の想いがあります。
 30年+約4ヶ月間、常に “平和” を祈り続けてこられた天皇皇后両陛下の今後のご健勝を祈ると共に、明日からの令和の時代が安らかな、穏やかな時代であります様に・・・

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20190427:法の前の ”現実”(2件の ”高齢者自動車死亡事故” 報道を観て聴いて) [ただの私見]

 この19/21日に都内/神戸市内で発生した高齢者ドライバーによる自動車運転事故、共に “過失運転致死傷” を負わせた事故についての警察側及び報道機関の取り扱いが余りに違い過ぎるので強い違和感を感じ、”法の前では何人も平等” の原則がいとも簡単に無視されている現実を目の当たりにした気がしてならない。
 “思い違い”/”下衆の勘ぐり” である事を祈るばかり・・・です。

19日発生事故:
 JR池袋駅近くで、後期高齢者(87歳)が時速100kmを超えると想われるスピードで信号無視を繰り返し、親子2名を死亡させ、多くの重傷人を出した。
 報道によれば、運転者は事故後、直ちに息子にケータイを入れて “アクセルが戻らなかった” と伝えたものの、第一にすべき救急車の出動要請とか警察への連絡はしなかった様だ。
 警察側の調べでは車側のブレーキ系とアクセル系共に不具合はなかったと伝えられていて、事故加害者の言い分に “不審” が残る。

 “逃亡の恐れ無し” との事で逮捕・留置もされずに “任意” 捜査扱いで、加えてどこの新聞やTVの報道でも事故加害者である運転者は “さん付け” で呼ばれていた。
 この運転者は産業技術総合研究所(経済産業省系独立行政法人)の前身であった “工業技術院” のトップを務めた事があり、”受勲者” でもあった。
 つまりは “高級官僚” 出だったせいだろうか、警察側も報道機関も “及び腰” の姿勢しか見えなかった・・・と言うのは単なる “邪推” か “想い過ぎ” であれば良いのだが。

21日発生事故:
 神戸市三宮駅の直ぐ側で市営バスが信号無視で横断歩道へ進入し、2名が死亡、多数の重軽傷者を出した。
 スピードは出ていなかったが、運転者(64歳)に何らかの身体的不具合が発生して動き始めている事に気がつかなったらしいとの報道だった。 
 運転者は 直ちに “現行犯逮捕” された上、氏名が “容疑者として呼び捨て・公表” された。


二件を比べて:
 共に同じ高齢運転者側の過失運転致死傷の容疑でありながら、一方は “さん付け” で扱われて逮捕・留置を免れ、他方は容疑者として呼び捨てされ、逮捕・留置された。

 警視庁と兵庫県警の扱いの違い、報道機関の報道姿勢の差異はどこからくるのか。

 池袋での事故加害者は自身も負傷し治療入院した事から逮捕に至らなかったし、何処の誰かも解らなかった・・・とは警視庁側の説明らしいが、ナンバープレートや運転免許証から(整備されている筈の)データーベースから直ちに何処の誰か解っていたと想うのが普通では無かろうか。

 ”任意” の事情捜査等、“出自” からとすれば “法とは随分と曖昧なモノ” だと感じざるを得ない。
 事故数日後にはさすがに新聞・TVでも池袋事故加害者を “さん付け” とはしなくなったが、”前院長” づけで、依然としてJR三宮事故加害者を “容疑者・呼び捨て” にした様な扱いはしていない。

 取り締まる側も報道する側も “何の手立てを持たない一般市民には寄り添わない” ・・・ とすれば “私らは救われないなぁ” ・・・ そんな事、よぉ~く教えられた気がしました。

 我がワイフ殿からは、
   「あんたが事故を起こしたら現行犯ですぐさま逮捕され、留置され、
    そして呼び捨てにされて公表され、新聞・TVからはまたしても
    高齢者自動車運転事故って叩かれるわよッ!」
って。

 たははっ! 情けない限りです・・・でも日常生活を維持する上で免許証返納は不可能だ。

 取り締まる側の扱いは “邪推に過ぎない” ・・・ と信じたい。

ところがにこんな事例もあります:
 殆どの方々は記憶の片隅にも残っている事は無いと想いますが、2018年2月18日に都内で乗用車を暴走させて歩行者をはね飛ばし死亡させた石川某容疑者を過失運転致死罪で東京地検が “在宅” 起訴している(2019年3月19日付け各紙朝刊社会紙面)。
 この石川某は東京地検 “特捜部長” ⇒ “検事正” 歴任後に福岡、次いで名古屋高検 “検事長” を経て2001年に退官している程の輝かしい履歴の持ち主で、高級検察官僚のお一人だ。

 この加害者は 「過失でアクセルを踏んだ事は無い」 と主張していて罪状を否認し、裁判で争う姿勢を示しているが、何故に逮捕・留置されていないのか不思議だ。
 罪状否認しているC.ゴーン氏の場合には 「保釈中に仲間内で口裏合わせの恐れがある」 が繰り返される逮捕・留置の理由とされているらしいが、元特捜部長の場合はもっともっと同じ恐れがあると想われるものの、”扱いが真逆” だ。

 警察/検察側は出自に関わりなく真摯に法律に忠実に従っている筈だと信じたい。
 その事を私ら一般国民に解り易い形で知らしめて欲しいと切に願う次第です。

追記:
 新しい定義によれば "高齢者" とは "75歳以上" を指す事になっていますが(*1)、このブログでは三宮事故加害者(64歳)も含めて高齢者と仮称しています。
-----
 (*1)20170130:”老人” の定義が変わるそうな・・・


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20190424:どこも同じ?(先送りする政治) [ただの私見]

 既に二週間程前の事だが、英国のEU離脱が “延期〃〃” の繰り返しで10月末迄となったとの事だ(4月11日各紙夕刊トップ記事)。

 我が国の平成30年間は、何事も決められない “先送り30年間” と言われているらしいが、議会政治の本家本元の英国ですら国民投票の結果を先送りするばかりか、あまつさえ再投票を提案する議員もいるという。
 少なくとも自分が理解している英国とは違ってしまっている・・・と言う事なんだろうか。

 バブル時代の我が国の企業経営者は海外視察に出向いて “もう欧米に教わる事は無い” と豪語して “自惚れ”・”世間知らず”・”馬鹿丸出し” と批判されて30数年経つ。
 が、さすがに30年も経つと様子が違う
 今や英国の有様を観ると、日本がお手本としてきた欧米の価値観・仕組みを丸呑み、つまりは “キャッチ・アップ” し、そしてお得意の自己流化してOKと言う時代では無くなり、日本が新たなそれを産み出す時期になったと言う事では無いかしらん(*1)。 

例えば:
 ESG(環境・社会・ガバナンス)投融資の考え方にしても、ヨーロッパ主導の考え方に縛られ過ぎるのは今や危険になってきている感じがしてきた。
 例えば彼等から見れば関心度が高いと想われない東南アジア地域の企業への対応だ。
 列強植民地時代にさんざんに利用してきた事は知らんぷりして今や彼の地のゴム・プランテーション企業等への投融資を外してしまう事さえ平気でする。
 ESG投融資であっても利益最優先の姿勢を隠さない。

そこで日本の出番だ:
 彼等への擁護・育成等へ手をさしのべる等、”戦略的互恵” パートナーとして捉える様な戦略・戦術を考えて欲しいな。
 日本は東南アジアを大切にしなきゃぁ・・・ 

後世の歴史家から:
 “令和時代の日本” は、”欧米の後追いからの脱却”・”世界が認める新たな価値観の創生” の時代と評価されたら・・・とは期待し過ぎなのか?
 安倍総理大臣の “日本を取り戻す” の “真意” がこう言う事を含むものなら良いんだがなぁ・・・

      ・・・”若きウェルテル” とはほど遠いが悩んでいる高齢者より (>_<)
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(*1):日覚昭広氏(東レ社長)が鋭く指摘している:
 ”舶来主義を捨て、現場を見よ”(日経紙:2018年12月26日)

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