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20190916:長谷川慶太郎氏 逝く(経済評論家) [故人を悼む]

 9月3日に逝去。享年91歳(9月5日付け各紙訃報欄)。

 1980年代、盛んにTV番組で “日本経済の力強さ” を喧伝しておられた事を想い出します。
 経済の先行きについて、 “れば/たら” 付きだったが自信満々の持論を展開されておられた( ”自分の言う通りにやれば必ず巧くいく” )。

 所謂 “バブル崩壊” 以降は余りお見かけしなくなったが、日本経済の “ピーク” に向けて経営者に “自信”(もしかしたら少しの “慢心” も) を植え付けられたお方のお一人だったのかも。

 自分は経済方面にも素養皆無だが、この分野を切り拓かれた先駆者だったのでは・・・
 黙礼。

20190915:池内 紀(いけうち おさむ)氏 逝く(ドイツ文学者&エッセイスト) [故人を悼む]

 8月30日に逝去。享年78歳(9月5日付け各紙訃報欄)。

 W.ゲーテやF.カフカ等の作品の翻訳で知られたお方だ。

 が、自分はゲーテ’ファウストしか読み込んだ事は無い(カフカものは自分には難しすぎて読み通せない)。
 自分と大差ないお歳だが、足許にも及ばない大したお方だ。
 こう言うお方達が我が国の文化を分厚くされておられたのだろう。

 黙礼。

20190824:P.フォンダさん逝く [故人を悼む]

 8月16日に逝去。享年79歳。

 知る人ぞ知るお方で、H.フォンダ氏を父に、J.フォンダ氏を姉に持つ役者だ。
 残念ながら自分は “イージー・ライダー”(1969) のイメージが強すぎて、これしか思い浮かばない。
 共演のD.ホッパー氏やJ.ニコルソン氏も “あく” の強い役者だと想うが、それに似合うとも言えそうな “ラストシーン” が強烈に過ぎました。
 それにしょっちゅう(?)流されていた “ステッペンウルフ” の “ワイルドでいこう ( ”Born to be wild” )” が凄かった(信じ難い事にはカラオケで歌う事、あるんですヨ)。

因みに:
 自分だけの想い(≒錯覚)に過ぎませんが、この “イージー・ライダー” と “タクシー・ドライバー”(主演:R.デ・ニーロ、1976)の2本から70年代の米国の “狂気” が読み取れる感じがしていました。
 今はそんな想いをするには余りに歳を取り過ぎましたが・・・
 黙礼。

追記:
 この作品、再鑑賞しました。
 並みの映画じゃぁありません、今観ても。

20190813:B.ヒートリー氏(東京五輪1964-男子マラソン2位)逝く [故人を悼む]

 この8月3日逝去。享年85歳。

 東京五輪’64の男子マラソン競技で、旧・国立競技場トラック・ゴール前200m辺りで円谷幸吉選手を抜いて2位となったシーンを覚えている(1位はA.アベベ選手@エチオピア ← ローマ五輪’60優勝者)。
 NHKアナウンサーが “悲鳴” をあげていた。

 円谷選手は3位だったものの、奮わなかった陸上競技界の中でのメダル獲得者となったが、その後は次の五輪への期待が重すぎ不幸な結果となった。
 自分と同世代であれば何方も覚えておられる事でしょう。

 確か東京五輪&パラリン’20が確定し、東京五輪’64開催50年に当たる2014年に来日していて、故・円谷選手の親族にお会いしているニュースを観て感慨深かったです。
 黙祷。

20190806:”ディープインパクト” 号逝く [故人を悼む]

 競馬をやらない自分でもこのサラブレッドが “空飛ぶ馬” で、クラシックレース無敗三冠馬だった事は覚えている。
 残念ながら回復見込みの無い頸椎骨折で安楽死させられた様だ(2019年7月28日;17歳)。
 いろいろな方々がそれぞれの想いを以て追悼されている・・・それ程の名馬だったのでしょう。
 GI レースを7勝して引退後は種牡馬として優れた子をたくさん残したと各紙記事にあったし、中には我が国が産出した最高馬との評価もあった程だ。
 名馬よ、安らかに眠らんことを・・・

因みに:
 この訃報記事で “ふと”
   岡嶋二人氏:”焦げ茶色のパスカル”
を想い出した。
 競馬ミステリといえばディック・フランシスものが超有名だが、このミステリも名馬を巡る素早いストーリー展開で負けていない・・・と想います。
 ディープインパクト号の様な類い希な名馬が主役でした。

それにしても:
 馬って、”優しい眼” をしていますね。
 “馬に夢中” って人がいる事、解る気がします。

20190802:R.ハウアーさん逝く(俳優@オランダ) [故人を悼む]

 7月19日に逝去。 享年75歳(7月26日付け各紙朝刊訃報記事)。

 何と言っても “ブレードランナー”(1982年)の主役H.フォードさんに対する “レプリカント” (=AI-搭載合成人間)リーダー役が圧倒的でした。
 どこの記事でもこれしか紹介されていないが、たしかバットマン・シリーズのどれかに出ていた筈だが・・・それに環境保護論者で、反捕鯨派だったか?

 我が国とか北欧の捕鯨国にとっては “煙ったい” 存在だったに違いなかろうが、こういう渋い役者・・・って、居なくなってから存在感が浮かび上がるんですねぇ。
 黙礼。

20190603:マレー・ゲルマン氏(素粒子理論物理学者)逝く [故人を悼む]

 現在の素粒子物理学の基礎を築いた大天才(M.Gell-Mann)がついに召された様です。
 去る5月24日に逝去。 享年89歳。

 既に鬼籍入りされている R.P.ファインマン氏との共著論文とか論争は物理学を囓った学生であれば誰でも読んだり知っていた筈だ・・・それ程に画期的な論文が次から次に発表されていた。
 どれ一つとっても並みの物理屋が一生に一度書けるかどうかの質の高さだった。

 あの “左右対称性非保存”(”パリティ非保存”)を予言した “リー&ヤン” 両氏は、僅か2頁足らずの論文でノーベル賞を獲得されたが、それに劣らない快挙で、今では多くの方々がその名を知っている “クォーク” の存在を見事に群論的に定式化した。

 当時はその名前の元となった小説(J.ジョイス:”フィネガンズ・ウェイク”)に登場する “架空の存在” の通り “素粒子の最も根源的な数学的表現” ・・・ との解釈だったが、今では ”実在” が検証されている。

 これ程の大天才が再び現れる・・・事は少なくとも自分が旅立つ前にはなかろうと想います。
 黙祷。

20190522:京マチ子さん逝く [故人を悼む]

 この5月12日に逝去。 享年95歳。

 昨日ブログのD.デイさんご同様に天寿を全うされたと言えるのかも知れない。
 同じ様に今のお若い方々にはご存じ無いかも知れないが、自分の年代には懐かしい女優さんだ。

 自分の記憶に残っている映画、何と言っても特に “羅生門”(1950年;黒沢明監督)、”雨月物語”(1953年;溝口健二監督)、”地獄門”(1953年;衣笠貞之助監督)、それに “新・平家物語 義仲をめぐる三人の女”(1956年)では圧倒的な美しさに驚くばかりだった(年代は WikiPedia を参照)。

 グランプリ女優とも言われた。
 腕のある監督&作品に恵まれた事もあろうが、上品な顔立ちに加えて、”ハリウッド・ライン” の横顔の美しさが欧人を魅了した事もあったのではなかろうか・・・そんな気がします。
 ただただ黙礼です。

付け加えて:
 最近だったかデジタル修復された “羅生門” がTV放送されていましたが、あんな大昔に作られた作品が今見ても面白いのには些か途惑いました。
 不思議な映画です。

20190521:ドリス.デイさん逝く [故人を悼む]

 この5月13日に逝去。 享年97歳。

 お歳から言えば天寿を全うされたと言えるのかも知れない。
 お若い方々はご存じ無いと想いますが、自分の世代には懐かしい方で、数多くの歌&映画で活躍されていた。

 ① ”センチメンタル・ジャーニー”、② ”二人でお茶を”、③ ”ケ・セラ・セラ”、④ ”先生のお気に入り” なんぞが直ぐに想い出せ、我が国でも大いにヒットしたものだ。
 少し怪しいところがあるが、今でも歌える。

 特に③はA.ヒッチコックのお馴染み映画 ”知りすぎた男” で拉致された我が子を相手側大使館内で探す時の歌で、映画史に残る緊迫シーンの一つではなかろうか。
 ④はC.ゲーブルとの共演でしたね。

 ネットで確認して初めて知ったのですがドイツ系とか・・・ちょっとイメージ違う感じだが。
 黙礼。

20190425:モンキー・パンチさん逝く(”ルパン三世”) [故人を悼む]

 既に2週間経ってしまった。
 4月11日逝去。 享年81歳。

 代表作 “ルパン三世” は誰も描ききれなかった華麗なタッチで、”しゃれっ気” たっぷり & ”魅惑気” たっぷりだった。
 原作人物像がそのまま動き出したかの様なアニメ:“ルパンvs複製人間”(劇場版第1作:1978年←ネットで確認)が一番のお気に入りだが、”カリオストロの城” を押す方も多い。
 “複製” 人間 ・・・ ”クローン” がまだ一般にはなじめない用語だった時代感が一杯だ。

ところで:
 ミステリー好きのタイプは “ホームズ派” と “ルパン派” に分かれるとは綾辻行人氏が何処かで語っておられた “説” だが(同氏はルパン派)、自分の身の回りにはルパン派が多く、”三世の愛車:フィ*ット500” を乗り回す奴もいる。
 アニメにもホームズ派は “コナン”、ルパン派は “三世” 贔屓なのでは?

 4月19日(金)夜には “ルパンvsクローン” が放映されていて、録画して見直していたが、主題歌を歌った故・三波春夫さんを始め、声の出演者の多くが既に向こう岸に渡っている ・・・ それだけの時が流れ去ったと言う事で、 ”さもありなん” でした。

 ご冥福を。
 黙礼。

20190406:萩原健一さん逝く(”ショーケン”:歌手・俳優) [故人を悼む]

 3月26日逝去(新聞各紙報道:3月29日)。 享年68歳。

 驚きました。
 3月28日は近在4名の久方ぶりの同期会を都内で過ごし、すこぶる付きの上機嫌で帰ったとたん、我がワイフ殿から 「あんたのお気に入り “ショーケン” ・・・ 亡くなったらしいわよっ!」 の一言で酔いが覚めてしまった。
 何でもフジTVで放送中の “平成最後” の “砂の器”(原作:故・松本清張氏)を観ていたら速報テロップが流れていたとの事。

 昨年秋にはNHK土曜連続ドラマ “不惑のスクラム” で初回初頭場面から出番のある老齢 “ラガーマン” を演じておられたばかり(*1)
 第3話辺りまで最終ステージのがんに犯されつつも高橋克典さん演ずる主人公を励ます好々爺・・・実年齢に比べて少し老け過ぎかなぁ・・・なんて気になっては居ましたが、訃報記事に依れば2011年来闘病されておられたとの事でした。

 役者として沢山の映画・TVドラマに出演されたが、自分は “テロリストのパラソル” の主人公役(フジTV版)、我がワイフ殿は “日本一周旅号殺人事件” の 十津川警部役(TV東京版)が未だにお気に入りです。 どちらも今は大昔のドラマですが・・・

 幾つもの事件を起こして自らの人生を “ジェットコースターの様” ともなぞられていましたが、今の世の中では長いとは言えない波瀾万丈の人生を閉じられてしまった。
 正直、”鴨川食堂料理長” として今一度ご活躍して欲しかったです。
 ご冥福を。
 黙礼。
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(*1):20180910:ありゃッ! ”ショーケン” だ(”不惑のスクラム”@NHK)

20190402:織本順吉氏逝く(俳優;名脇役) [故人を悼む]

 3月18日逝去(新聞各紙報道:3月26日)。 享年92歳。

 訃報記事に依れば凡そ2Kの作品にご出演されている名脇役。 昔はしょっちゅうお見かけした筈だ。

 自分は全くの偶然だったが、TVチャンネルのザッピングをしていた時、
  NHKBS1:”老いてなお 花となる” 第二章(2019年3月3日:2100-2150)

に出会い、その人間として、そして俳優としての生き様を拝見致しました。
 理由は自分でも解りませんが、なんとなく横山秀夫氏原作:”影の季節” のTVドラマ・上川隆也さん主演編の第?話の中で、準々主役級で演じた退職刑事の生き様に重なりました。
 天寿を全うされたとも伝え聴きましたが・・・
 黙礼。

20190323:内田裕也さん逝く(R’R歌手) [故人を悼む]

 昨日に続いた訃報ブログ。 恐縮です。
 3月17日に逝去。 享年79歳。

 自分の年齢に極々近い事、E.プレスリーさんに憧れていた事等、とても身近に感じていた “異才” のR’ローラーでした。
 確か “日劇ウェスタン・カーニバル” でデビューの筈。 新聞各紙訃報記事では1959年とあったから60年前の事だ。
 因みに、”R’R” が “ロックン’ロール” なんて知っている方、少なくなっているでしょうねぇ・・・

 いろんな騒動を起こしたり、都知事選に打って出てみたり、無法図・無頓着・無茶振り・無頼漢の様な報道が随分とありましたが、心の底には “シャイ” なところが多分にあったのじゃないか・・・と想うのです。

 奥様の樹木希林さんを見送った(*1) 時のやつれたお姿をTVニュースで拝見した時、故・朝丘雪路さんを見送られた故・津川雅彦さんの姿が重なってならなかったのですが・・・
 それから僅かの半年、どこか支え棒が無くなったセイでもあったのでしょうか。
 ご冥福を。
 ただただ黙礼です。
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(*1)20180927:樹木希林さん逝く

20190322:宗田利八郎氏逝く(アメリカ横断ウルトラクイズ・第3代チャンプ) [故人を悼む]

 2週間程前、行きつけの飲み屋さんで元プロレスラーの “ザ・デストロイヤー” さんが亡くなった(3月7日@米国;享年88歳)との速報を聴かされた時の事。
 自分と同年代の飲み友同士で故・力道山さんとの死闘が話題になったが、そう言えば “アブドーラ・ザ・ブッチャーはどうしているんだ” と気にした友が居た。

 自分は “ブッチャー” と聴くと、途端に今は大昔の “アメリカ横断ウルトラ・クイズ”( ← 忘却の彼方にある名物番組) の第3回チャンピオンだった “宗田利八郎” さんの事を想い出す(愛称だったのです)。

 実家が “造り酒屋” さんで、実は一回限りでしたが “とある会食” の席でご一緒した事があったのです。
 おおらかな方だったのを今でも覚えています。

 伝え聞くところによると、既に数年前から諸事情によって造り酒の方は閉じておられたそうで、この1月24日に逝去されていたのです(白河日報紙等で追認)。
 享年69歳。
 ご冥福を・・・ただただ 黙礼。

20190312:森山加代子さん行く(歌手) [故人を悼む]

 3月6日に逝去。 享年78歳。

 1960年代は海外と言っても殆どが米国、次いでごく僅かに英国のヒット曲を日本語&英語織り交ぜてカバーする唄が “伝統的な歌謡曲” に代わって若者に歓迎された時代だ。
 実に多くの、今で言う “オールディーズ” が流行ったが、この方はイタリアのヒット曲 “月影のナポリ” をカバーしてデビュー、大ヒットした。
 ザ・ピーナッツも同時にカバーしていましたが、この方の方が個性豊か、人気だった記憶があります。

 当時、”カンツォーネ” と言われても何なのか訳も解らなかったが、この唄はアメリカン・ポップスとは趣を異にして斬新でした。
 第一、当時(いまも多くの方がそうだと想いますが)イタリア語の歌詞を理解出来る人はそう多くは無い。
 “ルナ” が “月” だとは当時でも理解出来ていましたが、”ティンタレッラ” ・・・ の意味(”日焼け”)が解ったのはネットで簡単に辞書検索出来る時代になってから(つまりはそんなに昔では無い)。
 その時、意味不明ながらも何て “粋な” 邦題だったんだっ!と感心した程です。
 映画の邦題もそうですが、今はそのままカタカナ表示で済ませる時代で、年寄りには味気ない限りです(つまり、それが歳取った証拠かも (>_<) )。 

 しばらくしてTVでは観なくなりましたが1970年に突如 “白い蝶のサンバ” でカンバック。
 早口の唄で最初は訳が解らんかったです。
 どういう訳か故・坂本九さんと並んだ姿が想い出されます。
 黙礼。

20190301:ドナルド・キーン氏逝く(”日本学” 学者/”日本文学” 者) [故人を悼む]

 こうも訃報が続くのは・・・
 2月24日逝去。享年96歳。

 夜更かしていて朝寝を貪っていた9時、前夜から付けっぱなしのNHKラジオ放送が ”日曜討論会” 開始直前に伝えた “速報” で目が覚め、知った。
 お歳から言えば天寿を全うされた大往生と言えるかも知れないが、我が国は計り知れない “智” を失ったとも言えるのではなかろうか。

 もとより自分は日本文学への素養は皆無だが、この方が古今の日本文学の系譜と変遷を俯瞰した深い研究をされた事は知っている。
 恐らくはこの方を超えて “日本” 学・”日本文化” 学・”日本文学” を語り得る人材は輩出しないかも・・・とさえ想ってしまいます。

 自ら英訳して海外へ精力的に日本文学を紹介され、故・川端康成氏のノーベル文学賞受賞にはこの方の推挙が大きく預かったとも言われている。
 新潟地震/東日本大震災を受けた被災者に心を寄せ、ついには国籍まで日本に移された方だ(確か、アメリカの智・良心が一つ失われた・・・って言われたんじゃなかったか?)。
 恥ずかしい日本人が沢山いるというのに・・・

 それにしても “同じ名前” の持ち主でも、何事もディールの対象としてしまう “大統領” とはえらい違いで、今更ながらアメリカと言う国の “知に関わる人材” の広さ・深さに気がつかされる。

 心よりのご冥福を祈ります。
 しばし黙祷。

20190228:内田正人氏逝く(歌手@ザ・キングトーンズ) [故人を悼む]

 昨日に続いての訃報で恐縮ですが、この歳になると同世代前後の方の旅立ちが目立ってしまって・・・
 2月15日逝去(2月19日付け各紙)。 享年82歳。

 コーラスGr:”ザ・キングトーンズ” の デビュー曲にして最大のヒット曲 “グッド・ナイト・ベイビー”(1968年) のメイン・ヴォーカル。
 地声もファルセットも見事な方だった。

 この歌は流行りました。
 今でも同年配が集まってカラオケやると、年甲斐も無く誰かが必ず歌う。
 確か英語版もあった筈だが・・・

 今では “J-POP” と一括して称されていますが、当時はオリエンタル調を何処かに含んだR&Bが時々ヒットしていて、この曲、最初に聴いた時は米国産のを少しテンポダウンさせてカバーしているのかと想った程、垢抜けていました。
 失礼を承知の上で申し上げれば、どちらかと言うと厳つい男性コーラスGrがせつなく歌うミスマッチも人気を呼んでいたと記憶しています。
 大分前に ”懐メロ” 番組にも出演されていたのを観た事ありました。

 楽しい唄、有り難う御座いました。
 黙礼。

20190227:佐藤純彌氏逝く(映画監督) [故人を悼む]

 映画人の訃報が続いて気が滅入ります。
 2月9日逝去(2月18日付け各紙)。 享年86歳。

 日経紙が紹介していた作品順で回顧すると、何と言っても
  ① 陸軍残虐物語(監督デビュー作品;主演=故・三國連太郎氏)
  ② 新幹線大爆破(列車サスペンス;主演=故・高倉健氏等)
  ③ 人間の証明/野生の証明(お馴染み森村誠一氏原作)
  ④ 君よ憤怒の河を渉れ(刑事もの;主演=故・高倉健氏)
が記憶に残っている。

 故・三國連太郎氏は、自らが主演している①が佐藤純彌監督の最初にして “最高” の作品と評価していたのは有名な逸話(らしいです)。

 列車サスペンス②は、この分野で世界に先駆けての “リアリティ” 溢れる作品で海外での評価が高かったと聴いている。 ”虎の子・新幹線を爆破なんてとんでもないっ!” って訳で当時の “国鉄” 側からは撮影協力が得られなかった事も有名な逸話。
 故・高倉健さん、山本圭さんが犯人役、故・宇津井健さんが新幹線管理側(指令長)役。 勿論主役は新幹線、取り分けひかり109号で、その運転士役は千葉真一さん。 その他当時の東映役者陣が勢揃いだった。
 ケータイも無いアナログ時代。 CGも無い。 しかし全編サスペンスたっぷりの映画でした。 高倉健さんが最後に撃たれてしまうシーンも印象的だった。

 ③はすごい物量のTVCMで圧倒されたが、今となっては再見する気にならないのは何故か。 ”原作との乖離” が気に入らないのかどうか、自分にも解りかねています ・・・ m(_ _)m

 ④は濡れ衣を着せられて逃亡しながら真犯人を追う刑事もので、中国が海外映画に門を開いた最初の映画だったせいもあって大ヒットしたと言う。

 因みに、②と④は今でも1回/年は再見している程に何回観ても飽きない傑作だと想っています。 実のところ、②は一昨日に改めて鑑賞したばかり。

 今世紀に入ってからの作品には “男たちの大和/YAMATO” & ”桜田門外ノ変” があって手応えある作品でしたが、自分の好みからは “軸がずれてきていた” 感じでした。

 念の為にネットで作品履歴を確認したところ、迂闊にもTVドラマ:”キーハンター” とか “Gメン” 等も手がけておられた事を忘れていました。
 自分は鑑賞した経験は皆無でしたが、やくざ路線映画も随分とあった様で、多芸多才をお持ちでした。
 黙礼。
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20190226:ブルーノ・ガンツ氏逝く(俳優;”ベルリンに降り立った天使”) [故人を悼む]

 2月16日逝去。 77歳。

 世界中で大ヒットした映画:”ベルリン・天使の詩”(Der Himmel ueber Berlin,”ベルリンの空”;1987年)で天使を演じていた。
 この天使は人間に恋してしまい、挙げ句の果てには永遠の命と引き替えに人間に成り代わって “壁が健在” のベルリンの街に降り立つ・・・と言う、”大人のメルヘン” っぽい(?)映画でした(邦訳題名も洒落ていて、それっぽい)。

 この作品には刑事コロンボ役で既に超有名になっていた故・P.フォーク氏も出演していた。

 更に記憶違いで無ければ、監督・脚本・制作者であったヴィム・ヴェンダーズ氏がこの映画の最後にオマージュの一人として故・小津安二郎氏を記していた( ← WikiPediaで確認出来ました)。

 これまた記憶違いで無ければ良いのだが( (^^;) )、ガンツ氏はリスボン@ポルトガルを舞台にした “白い町にて” で主演されていた筈だが・・・( ← これも、WikiPediaで確認出来ました)。
 洋の東西を問わず、自分が馴染んだ名優が旅立っていくのは・・・寂しいものです。
 黙礼。

20190216:堺屋太一氏逝く [故人を悼む]

 2月8日に逝去。 享年83歳。

 “団塊の世代”(戦後第一次ベビー・ブーマー群)の名付け親として余りに著名だ。
 “大阪万博”(1970年)の企画を担当され、大成功に導いたし、民間人として小渕内閣で閣僚入りして “経済企画庁長官” も勤められた。

 自分は通産省(当時:現・経済産業省)在籍時代に著した作家デビュー作品 “油断!” が今でも印象に残っています。
 恐らくは多くの方々と同じだと想いますが、この小説で文字通りに今様の “油断”、即ち “石油危機” に陥った日本の社会構造の脆さを痛感したのでした。
 この方が初めて指摘されたのです。 それに “油断の本来の意味” も改めて知ったのでした。

ただ一つだけ:
 人それぞれに多様性があるのに “団塊の世代” と一括りする呼び名に若干の抵抗は感じていました(自分はこの世代の少しばかり上ではありますが)。

 とは言え、この方の様に経済学のプロでありながら、文藝にも秀でている才能の持ち主はそう簡単には輩出しないでしょう。
 黙祷。
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