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20180301:”AI の怖さ” って? [素人 AI 考]

 日経紙の "AI(人工知能)の死角" と題した連載記事の中編(2月12日付け朝刊科学技術紙面)の見出しが "不透明な思考に怖さ - 判断基準の解析難しく" となっている。

 AI が、ネット上とか、あらゆる日常生活場面に関わるビッグデーターから各個人の人物像を特定してしまう恐ろしさを、専門家の意見を交えて指摘している記事だ。

 極端な想定事例として、AI に嫌われた大学生がどこの企業にも就職出来ない、それは自分が交流サイトを通して市民運動家の友達だから・・・と悩む事が紹介されている。

 AI が超巨大なデーターベースを背景に深層学習・自習等を通して判断する過程が "暗箱" に入っていて、"何故そうなのかが解らない" 事を問題点として指摘しているのだが、本質を突いているのだろうか?

 この指摘の背景には "私たち人間の判断基準" と比べて・・・と言う暗黙の前提がある様に自分には想われます。
 私らは何事にも基準を明確にして判断を下しているのだろうか、そこ迄に私らは "自己実現出来ているのか"、 "人間の脳科学は発展しているのか"、自分は疑問に想います。

 感情に流されやすい人間の判断基準だってはっきりしていないのに、AI のそれを危険視するのは、極めて近い将来には "AI が人智を越えてしまう" 予感・恐れを専門家が既に抱いているからではないのだろうか。
 それこそが "AI" の本当の怖さなのではないのか・・・と素人の自分には想えてしまいます。
 専門家はそれを明らかにしたくない・・・のでは?・・・と想います。

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