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20170425:”若いから失敗を恐れずにやれよ” の意味するところとは [ただの私見]

 小泉進次郎氏(自民党:人生100年時代の制度設計特命委員会事務局長)が、日経新聞社の社会保障制度の在り方についてインタビューを受けて、”名言” を吐いている:

「 よく、 『若いから失敗を恐れずやれよ』 と(先輩議員が)いう。 あれは(実は自分の)失敗を待っている。 失敗したら徹底的にたたきつぶされる。 」
                         [ (・・・)は当方の推定]

 更に、続きがある:
 「 次のチャンスを得るには、どれだけ自分がいま出せるものの最大限を出せるかという意識がないと、政治の世界は生き残れない 」
               (出所:日経新聞紙:2017年4月14日付朝刊)

 政界では若手なのに、”年寄りの厭らしさ” を良く見て、知ってますね。
 若手に追いかけられる年長政治家は、焦り、嫉妬し、反発し、捻くれる・・・でも、これって、政治の世界に限らないのでは?

 競争社会であれば、どこの分野でもあり得る事で、”禅譲” なぞ滅多にありません。
 それでも、若い方達には、二度、三度と果敢に挑戦出来る国であって欲しい。


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20170424:美しい車 [ただの私見]

 "名車" とは? ・・・ "美しい車" とは?

 "故障しない車" である事が第一条件でしょう。
 非実用車の場合(≒ドライブを楽しむ車)、どう定義すれば良いのか自分では解りようもありませんが、陳皮な表現である事を承知の上で言えば、"観るだけで心躍る様な・運転したくなる様な車"・・・と言えます。

 うってつけの新聞記事がありました:

   日経新聞紙:2017年4月7日付 ”往年の名車と時代駆け巡る” ・・・①
   日経新聞紙:2017年4月9日付 ”美しい名車と過ごす時間” ・・・②

 ①では、トヨタ博物館(長久手市)、マツダミュージアム(広島市)、そして日本自動車博物館(小松市)が紹介されています。

 また②では、世界で最も美しい車の一つとされている ジャガーEタイプ が写真と一緒に紹介されており、この車を業務に使う方はいないでしょうが、ドライブを楽しむ用途には、ほれぼれする程に美しい。

 1970年前後にはわが国にも “トヨタ2000GT” とか、”フェアレディZ” の様な美しい車もありました(良く覚えています)。

 ②の記事には、「車は常に最新の技術とデザインを採り入れ進化する」 とあります。
 とは言うものの、技術はその通りと想いますが、デザインの方はどうか。

 と言うのも、自分の車の買換え(*) に際して、今の日本車ほぼ全てのカタログをWEB上で、またYo*Tub* 上で観てきました。
   (*) 拙ブログ:"20170411:車の更新物語"

 メカについての著しい進化は一目瞭然でしたが、デザイン面では “グッとくる” 車は少なかったです。

 これが最新の技術を取り入れたデザイン???
 空気抵抗を充分に意識したデザインが考えられている事は理解出来ますが、厳つい顔・肩肘張った横顔の多い事・・・どうしても "進化したデザイン" とは想えなかったのです。

 更に加えて尻下がりルーフの制約の中で、4ドアタイプ・リア・コーナーのデザイン処理が不自然な車が多いと感じてました。
 工業デザインとしても完成していないと想うのは自分だけでしょか。

 デザインは好き嫌いそのもの・・・と言ってしまえばそれ迄ですが・・・
 今市場に出ている車の中で、一世代(≒30年)後に、"名車"、あるいは "美しい車" としてあげられるのはどれになるのでしょうか。

 見極めたいものではあります。

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20170420:スポーツ選手のインタビューで感じる事 [ただの私見]

 つい最近の浅田真央さん、それにちょっと前のスケート世界選手権を制した羽生選手を始め、昨年のリオ五輪の選手皆さん方やテニスの錦織選手等の "インタビューの受け答えの見事さ" にはつくづく感心しています。

 大リーグの選手達、そしてヨーロッパのプロ・サッカー選手等の受け答え(含・日本人選手)も、実に堂々としていて、気が利いています。

 こう観てくると、単なる想像に過ぎませんが、海外で(も)活躍されているこれ等若手選手の方々は、コーチの方から技術・メンタル(:特にポジティブ・シンキングの心得)・対外折衝術等を総合的に指導されているのでは?・・・と想うのです。

 昔のスポーツ選手はインタビューの受け方迄の指導を受ける余裕は無かったのでしょう。
 と言うのも、自分の感じた限りですが、”まともな受け答え” は無い様な気がしてなりません。

   「頑張りますので、応援よろしくお願いします!」

等との紋切り型が多く、ちょっと残念です。

 記憶違いかも知れませんが、あのイチローさんは、

   「応援してくれとは言わない。プロだから、自然にそうなる様に努力・練習する(している)

とか、言ってませんでしたっけ?

 今のスポーツ選手、昔とは何か "世界観の違い" を感じます。

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20170409-2:経験的官僚論 ②私の会った復興庁役人 [ただの私見]

 復興相の3.11震災被災者、及び東電福島原発事故被害者に寄り添わない記者会見が揉めています(4月7日には発言取り消し・謝罪会見があったような)。

 このニュースを観ている内に、某省外郭団体へ出向し、その省委託事業の中で開発した技術による3.11震災被害の復旧支援について、某県**復興支局を訪ねた事をまざまざと想い出しました。
 その際に受けた印象は、余りに "無責任・無気力" だったのです。

 元々、復興庁は時限機関で、永続が約束された政庁ではありません。
 そのせいでしょう、役人も殆どが他省庁からの一時的な出向で、それも同期では第一線クラスとは言い難い人材であるのが実態です(面談した役人自身が自嘲気味に言った事です)。

 担当する地域の自治体もそれを承知で、政令都市であれば、復興支局と一切相談する事無く、自己責任で被害処理に取り組み、復興支局の業務は実際無いに等しいと言って良い様でした("ホント、やる事無いンです"← 出向役人の言葉そのまま)。

 被災者・被害者に寄り添う一番の役どころが復興庁の筈なのに、それを担う人々(の、恐らくは多く)が出向元へ戻る事しか考えていない、これではあんまりではないか・・・と想った次第でした。

 余りに情けない復興相の記者会見の有様を見せられて、ついつい想い出しました。
 上が上なら、その下も下、公僕の意識の欠片すら無かったです。
 嘘の様な本当の話です。

 と、ここまで書いてきた所で、復興相や役人だけの話では済まない・・・と改めて気がつきました。

 自分が住む横浜地域を含めて、原発事故被害者の方々が避難先でも辛い眼に遭っている事にです。
 特に、自分の住む横浜では、教育の現場に於いてでさえ、いわれの無い虐めがあって、それを教育委員会が当初は認めなかった事にです。
 報道機関が “騒いで” やっと認めたに過ぎず、本音かどうか、極めて怪しい。

 何の事は無い。
 我々自身でさえ、必ずしも寄り添っていなかった訳で、復興庁を非難する資格があるのだろうかと自問せざるを得ませんでした。

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20170409:築地市場豊洲移転-③地下水汚染を考える [ただの私見]

 豊洲新市場建屋の地下水汚染問題が未だに燻り続けている。

 以下は、いわゆる環境基準に加えて、飲料水や食材の、更には諸々の添加剤や薬剤等を含む天然素材及び化学的合成物質の "安全性" に関わる個人的な見解です(政策的見解ではありません)。

 自分で申し上げるのも珍しいですが、少々 "辛口" です。
 お時間ある方、お読み戴ければ幸いです。

 豊洲移転に関しては、最近、痺れを切らして
   「元々飲料水として使う訳じゃない。
    コンクリート製の床で地上とは遮断されているから、安全じゃないか。
    早々に移転したらどうだ」

との主張も出始める始末です。
 気持ちが解らない訳ではありませんが、これは ”逆立ちした論理” でしょう。

 そんな事は初めから解っていた筈で、それなら地下水については環境基準(即ち、飲み水としての基準=人間が "70年間" 、毎日2L飲み続けても健康に影響が無い)以下に浄化する(石原都政・2009年2月提言)等と、汚染土壌対策及び建設方針を決めなければ良かったのです。

 先の百条委員会では、決めた本人が 「ハードルが高過ぎたかも」 と言う始末で、開いた口が塞がらないとはこの事かとさえ想った次第です("記憶に残っていない" とは、さすがに口が裂けても言えなかったのでしょう)。

 汚染土壌の上に建設した事から、使用者と都民消費者へのアピール(=安全宣言)として都側担当者が、国の環境基準を横目で睨みながら、都独自の思惑を込めて分析を続けて来たに過ぎない。

 途中、地下水汲み上げシステムを稼働させ始めて様相が一変し、自ら定めた基準をクリア出来なくなってしまったと言う訳です。
 “然うは問屋が卸さなかった!

 この問題に関連して、”安全は科学的に証明出来るが、安心は施政者側への信頼等メンタルな要素が多分に絡むので・・・” と、よくTV番組で伝えられておりますが、この言い回しには前提があります。

 "科学的に証明されている安全" とは、(多くは世界基準で)定められた試験方法等で分析し、評価・判断される事(*) ではありますが、急性毒性や亜急性毒性については高い精度で判断されるものの、長期慢性毒性、即ち、人間が何十年間に渡り継続的に摂取しても健康障害が発生しないとは証明出来ている訳では無く、動物実験等で推定しているに過ぎない事に留意する必要があります。
  (*) GHS ( Global Harmonization System ) と呼ばれています。

 この観点が上の言い回しでは(意図的かどうかは解りかねますが)抜けています。

 専門家が "安全" と宣言すると、この "安全と言う用語が一人歩き" して、この前提を知らない殆どの消費者が "健康障害とは無関係の100%安全" と信じてしまう。
 だから、何か健康上の障害が発生すると 「想定外」 となるのです。

 権威あるとされる学会の見解が後々になって正された事例は、足尾銅山鉱毒事件(←日本で最初に認定された公害)や水俣病(有機水銀被毒)等、悲惨極める公害を想い起こす必要も無いでしょう(少なくとも私たち日本人は)。

 都の安全委員会には、安全宣言を出すにしても、このような前提の下での安全宣言である事を広く周知させた上での宣言として戴きたい。

 都側、施設使用者、そして私たち消費者は、利便性を受けると同時に、これ等の "リスクを共有" する事を承知した上で、移転問題の解決を図る他に術は無いのです。
 とりわけ小池都知事にとっては、無責任極まり無い前任者・前々任者の後始末だけに重たい決断となるでしょう。

 自分は生まれ乍らの都民から横浜市民へ移って40余年。
 都民でいたらなぁ・・・もっと表に出て激しく追求するんだが・・・

 と言いながら、自分は責任を被りたくないだけ・・・と批判されようとも、この様な末代までも責任重大な安全委員会等、絶対に関わりたくは無い。
 委員の方々、皆様の宣言はそれほど重大な結論なのです。
 お忘れ無く。

追記:
 安心に関して言えば、間近に迫っているに違い無いともされる首都直下型地震に襲われた際、東京湾に接している豊洲地区を含む地域の液状化で、汚染地下水がどの様な振る舞いをするのか、どの程度の被害を生み出すのか、シミュレーションではどうなっているのでしょうか?
 公表されていましたっけ?
 またしても、「想定外」 ですか?

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20170407-2:移民を受入れる? [ただの私見]

 日本経済新聞社が、日本の "人口減少対策" として “外国人定住受入れ拡大:賛成か反対か” の世論調査結果を伝えています(実施:2月24-26日。2017年3月21日付記事)。

 その結果が大変興味深いのです。
 つまり、
   若年層(18-29歳):賛成≒60%、反対≒30%
に対して、
   高齢者層(70歳以上):賛成≒31%、反対≒45%
となっており、30-60歳では賛否同程度であった様です。

 将来の人口減少に対する “危機意識の違い” と解釈されています。
 高齢者から見れば、危機的な問題になる頃は当事者になっていない、つまり将来の事は自分の問題では無いと言う訳です。

 これではこの問題に直面する後続世代が気の毒だ。

 以前このブログで、高齢者となった自分が社会貢献出来ないと嘆いた事があった(*)のですが、この記事を読んで貢献出来る方法を一つ急に思いつきました。
   (*) 3月26日付ブログ:20170326:”昭和” は輝いていたのか?

 つまり、若手現役層が選挙の際に棄権しない事を条件に、高齢者、特に後期高齢者層の "選挙権" を返還させる事です。

 高齢者は選挙を棄権しない(:自分は国内に居た限り、過去一度も棄権した事はありません)、一方、若手現役層は棄権する傾向が強いとの調査結果もよく知られています。

 それでは政治は "年寄り向け政治" になってしまう。
 これからの日本の行方を左右する政策は、それを担う世代層で決めるべきであり、主なる役割を終えた高齢者層は、この様な場面では出しゃばるべきではない・・・そんな想いを致しました。

 そんな過激な想いを一瞬でもした自分に、自身が驚いています。
 少々酔ってはいましたが・・・

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20170402-2:一年寄りからの送る言葉 - 新しく社会人になられた方々へ [ただの私見]

 新年度に社会人として世に出る方々へ、解決困難な課題を数多く抱える現代と言えますが、ともかくは ”おめでとう”。

 これからのこの国を活かし、輝かせるのは貴方達次第です。

 その為にも、年寄りには年配者としての思いやりを抱く事は最小限程度にして、貴方達が活きていかなければならない先を冷静に観る事です。
 過去は大切ですが、貴方達が活きなければならないのはこれからの日本なのですから。

 技術革新に遅れる事無く冷静に判断し、受け入れるべきは受け入れ、既得権益には与せずに、何でも先送りする閉塞しきったこの国を切り開いて下さい。

 自己責任を強く意識し、誇りを持って逞しく生き、何回でもチャレンジ出来る社会へ変えていきましょう。

 そして、農耕民族DNA丸出しの "ムラ社会の知恵:なぁなぁ主義" ではなく、狩猟民族の様な戦略・戦術を身につけ、世界に羽ばたきましょう

 乱暴な言い方でしたが、心の底から期待しています。


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20170402:"厩戸王" って誰? [ただの私見]

 文部科学省が中学校の社会学習指導要領で、"聖徳太子"(しょうとく たいし)を "厩戸王"(うまやど の おう)とする表記案を取り下げる模様です(3月21日各紙)。

 自分は、2月の公表時点で "厩戸王" を正しく読めず、"漢字の雰囲気" から "キリスト" の事かと家内に冗談を言った程です。

 第一、"うまやどのおう" としても ATO*や IM* 等のパソコンでお馴染み辞書のかな漢字変換で一発で出てこない!
 最新の研究成果を反映させた結果との事でしたが、辞書の方は間に合わなかった?
 時期尚早(?)だった様です。

 もう一つ感じたのは、国が新しい施策を立案し、予算化立てる際には "パブコメ"(パブリック・コメント=国民のご意見を拝聴)を実施するのが普通なのですが、これは通常、"アリバイ造り"("これこの通り、国民の皆様も賛成されているのですヨ")に使われているのが現実なのです。
 が、今回は異論・反論が無視出来ない程に多く、"目論見" が外れた格好です。

 こう言うこともあるのですねぇ
 正直、驚きました。
 役人側の完敗でした。


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20170401:大切な実験をロボット任せ - アイデア大丈夫? [ただの私見]

 産業技術総合研究所(独立行政法人。今は国立研究開発法人。国、具体的には経済産業省が所管する研究開発機関。中核所在地=つくば市)が、慶應義塾大学、味の素、九州大学、理化学研究所、東京医科歯科大学と共同で、生命科学実験の "自動化" に成功したそうです(日本経済新聞紙:2017年3月20日)。

 試薬の混合・細胞の培養・移液(容器移し替え)・遠心分離等の典型的・定型的な実験工程を定め、そのプログラムを双腕型ロボットに組込む事で、"省力化" 出来る上に、"常に" 同一条件で操作可能な事から "再現性" が著しく向上する事が確認されたとしています。

 省力化・再現性向上は大変好ましいが、自分の経験から、研究者にとって一番肝心な "アイデアの創出機会" が失われやしないか・・・と心配になりました。

 と言うのも、決まり切った手順で実験を繰り返していても、その過程で操作者は頭の片隅でいろいろな事を考えており(、勿論、今夜の飲み会を何処で・・・等も含めて)、"操作の過程でアイデアが生まれて来る" 事が何度もありました。

 色・臭い・温度・手触り・柔らかさ硬さ等、同じ手順であっても使う試薬・資材の組み合わせで多様に変化する事に触発されて、"ん? 何だ? 何故だ?" と想うからです。

 勿論、論文を読み、追試し、仲間内で討論を繰り返す過程でもアイデアは生まれるのですが、一番大切な実験操作を "全て" ロボット任せで済ます事に、危機感を感じました。

 これが杞憂である事を祈ります。


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20170331:垣間見た大学教授の忙しさ [ただの私見]

 アジア及び中東の大学ランキングが、英国の教育誌(タイムズ・ハイヤー・エデュケーション)から発表されています(日本経済新聞紙:2017年3月17日付け)。

 論文の影響力や国際化の度合い等13の指標から順位付けした結果によると、
  東京大学:7位(←7位)
  京都大学:14位(←11位)
との事です(括弧内は前年度順位)。

 一位に輝いたのはシンガポール国立大学、2位は北京大学、3位は精華大学であったようです。

 論文の影響力の具体的な内容は不明ですが、国際化度合いとは、要するに海外研究機関との連携や研究者の招聘とかが(他大学との比較に於いて)足りないと評価されたのだと想われます(但し、それがどうして大学の実力と関係しているのか、自分には解りようもありません ← という事は、自分は、大学の実力とは、そう関係は深くないと実感しているつもりだからです)。

 自分は民間企業に入り、某省外郭団体へ出向して現役を終えましたが、その間、新しい機能性材料やそれを産みだすシステムの研究開発を数多くの大学教授のご指導を得て取り組んできました(中央省庁の、従って皆様の税金を使わせて戴いた研究開発事業で)。

 その際に気がついた事の一つが "大学教授の忙しさ" です。
 有り体に言えば、大学の先生方は "雑用が多過ぎる"
 ”何時ご研究されているのですか?” と聴いた事がある程です。

 特に、我が国最高学府と言うだけで無く、"霞ヶ関から近い" 事もあって、東京大学の第一線を成す教授陣の多くは、各省庁の数多くの専門家委員会やワーキング・グループ、タスク・チームの委員、乃至は委員長役を "否応なし" に押しつけられる機会が "群を抜いて多く"、一度など手帳を見せられたら、連日の委員会出席で、その結果、ご自分の研究室で席を暖める時間が無い・・・これが実態でした。

 これではまともなご研究は出来ないでしょう。
 基本方針はご自分で立てるにしても、実験の指導は准教授や助教等に任せる他無く、その結果を微に入り細に入り吟味して次の戦術を立案する余裕に恵まれない。
 ましてや、海外との連携等、手がつけられないと想われます。

 自分は、横から見て、お気の毒にしか想えませんでした。
 これは、官僚が自分の手柄の為に利用しているだけだとも。

 海外ランキングトップの大学教授の忙しさは知る由も無いですが、今の日本の "知" の持ち主であり、次の日本を形作るに違い無い大学研究者陣をもっと大切に遇しようではありませんか

そうすれば、わが国の大学の研究力はもっともっと上がる筈です。
ただ残念なのは、そうする為の自分の役割が見えない事です。


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20170330-2:英国離脱で英語はどうなる? [ただの私見]

 遂に英国がEU離脱を通告し、2年後には否応なしにEUからは離れる事になる模様です(本日付各紙)。
 
 EUでは、多様性を維持する上で、加盟国は自国の言葉を使用出来る事を原則としており、多言語主義と聴きました。
 議事録・規則等書類も加盟国語版が整備されるとも聴きました。

 従って、英国がEUから離れると、EU内では英語は公用語とはならない事となるのでしょうか

 世界のどこに行っても今や英語が実質上の共通語となっている感があるので、英語の立ち位置は今後とも変わり様が無いとは想うのですが・・・

 ドイツ語・英語よりも我が日本語が得意な自分が英国EU離脱通告ニュースを見聞きして最初に感じた事です。
 ポイントを外したノーテンキな年寄りです。


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20170330:原発の行方 [ただの私見]

 我が国を代表する、今やしていたとも言って良い東芝が揺れています。
 一兆円程の損失が見込まれているらしい。

 以前の不正経理が明らかになった時は "経営者の強欲" しか感じませんでした。
 が、米国での原発建設に絡んだ今回の経営を揺るがす問題は "事業戦略" の問題であり、そこには技術陣の市場展開を含めた見通し・見込み・自信があった筈で、"無念なり" ・・・との想いが溢れているのでしょう。

 自分が就職する時代は、これからは半導体や原子力発電の時代と謳われ、東芝は理系の学生に大変人気がありました。
 自分の同窓も入社し、半導体回路の設計に関わる研究開発に取り組んでいましたが、いろいろな事情があったのでしょう、何時しか大学教授へ転職を果たしていました。

さて:
 原発です。
 私たちは、スリーマイル島(米国)、チェルノブイリ(ロシア;現・ウクライナ)、それに福島の原発事故から何を学習したのだろうか?
 チェルノブイリと福島原発で示された様に、想定外とした修復不能な事故が発生し、廃炉処理に取り組んだとしても、それが完結するのは何時になるのか、誰も読み切れず、結局これを受け取るのは次世代、更には次次世代の人達となってしまう。
 電力を使いたい放題した私たちはどうすれば良いのか。
 自問せざるを得ないところです。

 それでは、我が国は原発から完全に離れて電力需要を賄えるのだろうか。
 確かに、幾つかの国々では近未来の "原発ゼロ" を目指す方針が出されており、我が国でも原発ゼロを主張する人達がいる事は十分に承知しております。

 EUの様に国境を越えた送電・受電システムが完備した地域に於いては、自国内では原発無しであっても、例えば原発大国であるフランスで発電された電力をいくらでも使える。

 一方、海外からの電力を直接受け入れる事は出来ない我が国では、原発の稼働が諸々の意味で壁に突き当たっている今は火力発電に主流を置かざるを得ない。

 環境上は望ましいとされる太陽光発電、風力発電やバイオマス発電等の再生エネ関連でわが国の電力需要を全て賄う事はとうてい出来ない上に、普及したとは言えない今の時点でも一般家庭では電気代の内1K円/月近くをこれ等の電気使用量として支払っており、これ以上の負担増を受け入れる家庭がどれ程いるのか。

 国は原発・火力・再生エネ等のベスト・ミックスを探っていますが、バランス取りは極めて難しい選択です。
 が、自分に出来るのは、とりあえずの節電だけ・・・と言うのが悲しい。

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20170329-2:シャープ・旧本社ビル解体ニュースに接して [ただの私見]

 一時期、我が国を代表する家電メーカーの一翼を担ってきたシャープ社の旧本社ビル(築60年)解体ニュースを見ました(27日;新幹線の中で、例の文字情報ニュース)。

 売却したものの、30億円以上も上積みして買戻すとの新聞記事を読んだ記憶があるのですが、出来なかったのでしょうか。

 昨日、日誌を括って調べたところ、阿倍野区(大阪市)にある件の旧本社ビルへは少なくとも5回は訪ねておりました。

 確かに外観は古いビルではありましたが、内部はそれこそチリ一つ無く、綺麗に整理整頓された上に磨き上げられており、受付の人の対応もしっかりしていました。

 自分が訪ねた先は、某省外郭団体に出向していた時で、新素材製造技術の開発事業に協力を仰ぐ部署の方々でした。
 その方々は天理市にある研究開発本部勤めだったのですが、自分等の交通の便を考えて本社ビルでの面談となったのでした。

 会社の経営戦略・戦術を定めるトップ陣の思惑とは別に、自分の会った方々は、思い遣りの深い、そして真摯に物事に取り組む人達でした。
 新しい組織でも活躍し続ける事を祈るばかりです。


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20170314:"我が経験的" 官僚論 [ただの私見]

 少々お堅い話です。 

 最近、文部科学省の所謂 "天下り問題" が指摘されています(このブログ・コーナーでも触れられていました)。
 同省は実質的に学校関係だけに睨みがきく監督行政機関ですから、再就職先を大学等に確保すべく、あらゆる手段を駆使して手を尽くす事は、彼らの本能であり、行き過ぎて不祥事を起こす事になります。

 自分は民間企業に勤め、また某省外郭団体へ出向して現役を終えましたが、その間の経験から申し上げれば、学校法人を含む(あらゆると言っても良いでしょう)外郭団体や機関は、公益或いは一般の財団法人若しくは社団法人、その他諸々の法人であっても、所管元役人の貴重な “再就職先” となっている事は紛れもありませんし、無ければ業界に働きかけて新たに外郭団体を "作る" のです(最初は "任意団体" を作り、機を見て "法人" へ。法人格を取れば役所の公募事業等への応募も可能となるケースが多い)。

 入省・入庁したての若い役人は、本当にこの国を良くしたいとの想いを強くしている方が多いのですが、国の科学技術立国戦略に沿って意欲的な研究開発事業を興すものの、現実には成功率は極めて低く(*)、彼等の意欲がだんだんと萎んでいく姿を何回も眼にしました

(*) 但し、その成果報告書(原則公開)は成功を謳っている例が殆どです。
(これを "ペーパー・サクセス" と言います)。
そう整えなければ仕掛けた役人が何らかの形で責任を取らされます(減点制度ですから)。
昨日付ブログで "東ロボ君東大合格ならず" と開発者が公表した例は極めて珍しく、
恐らくは次年度以降の予算は削減される可能性が高いでしょう。


 彼等の多くが、数年経って係長を経て課長補佐クラスになって横を見始めると、同僚との競争意識に目覚め、”生き残りの術” を磨き始めるのです。

 退官者を含めて生き残れなかった多くの方々が省外・庁外や所管先の法人団体へ赴くケースが多いのですが、スペシャリストとして新たな活躍の場を得るケースも勿論あり、民間の(古い用語となりましたが)シンク・タンクにスカウトされる方は超がつく "切れ者" が多く、これは例外的にハッピーな方と言って良いでしょう。

 省内・庁内に生き残った方は課長職につき、更に上を目指すのですが、多くの場合、もうそこには日本を良くする意欲は感じられません。
 残念です。
 
 彼等の仕事の多くが、国会で催される各種委員会関係の資料集め・書類作成と言って良いでしょう(外郭団体が資料集めに扱き使われるケースが殆ど)。

 本来、紛う事無く優秀な方が中央省庁の役人になるケースが多い筈ですが、減点主義の人事制度がある限り、意欲的な活動は入省・入庁後の数年で終わってしまう。

 これが、自分が経験・見聞きした現実のなのです(自分限りであれば良いのですが・・・)。
 豊富な人材の宝庫なのに、活かしきれず、かつ無駄遣い以外の何ものでもありません。
 繰り返しますが、とても残念です。

 でも、多分、どこの国でも役人の世界は同じかも・・・


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20170312:新材料の実用化の難しさ [ただの私見]

 少しだけ真面目な事を・・・

 大学も企業も、既存材料の改良は無論の事、新たな機能を持つ材料の創出に向けた研究開発活動が極めて盛んです。
 資源に乏しいと言わざるを得ない日本ですから結構な事です。
 異論を唱える人はおられないでしょう。

 文部科学省による大学関係スーパーコンピュータ、所謂スパコンの利用状況を調べた結果では、新しい医薬・医療の研究開発・実用化を含む創薬・生命科学分野の利用が30%を超えて最も盛んであり、更に分子レベルに迫るナノテクノロジーや関連材料の研究開発・実用化分野での利用20%弱を加えると50%強となっているそうです。

 が、残念な事に実用化の確率は決して高いとは言えません(特に日本に限った話と言う訳では無いと思います)。

 つい先だっても、バイオベンチャーとして脚光を浴びていた UM* ファー*社がインフルエンザ・ワクチンの開発・実用化に失敗し、巨額の損失を計上しています。
 ほんの6-7年前は高い評価を得ていたワクチン製造技術が一転して実用化意義無しと評価され、新薬としての承認が遠のいた事が原因とされているのです(日本経済新聞紙:2017年2月23日付け)。

 現実は極めて厳しい。
 バイオベンチャーでは特に目立つと感じていますが、アカデミアの研究者が実験室レベルで高い機能・新しい機能を示す材料を発見、若しくは開発すると、すぐさま成果を発表し、資金を募ってその実用化を目指すベンチャーを立ち上げる例が多い(大学法人制度になってからは特に)。

 しかし、研究室規模で開発された材料と、私たちの日常生活の場面で活用される実用化材料の間には、資源環境問題・安全性・生産の規模とその安定供給性・流通・コスト等、困難極める解決すべき課題が山積しているのが普通で、これ等を解決するには多くの資金・労力・日数を必要としますが、本来、アカデミアの方々の得意とするところではありません。

 加えて、既に実用化されて市場を形成している既存材料提供者側も利益維持の為に改良に向けた研究開発活動を加速するので、新機能材料と言えども、すんなり市場形成が進むにはハードルは極めて高いのが普通です。

 アカデミア側の当事者の方々の多くが、この辺の事情をご存じないか、或いは "良いものが受け入れられる筈" との想いから軽視される傾向が強いのです。
 現実の世界では、“良いから受け入れられる筈” と言う論理は成立するとは限らないのです。

 自分の経験に過ぎませんが、アカデミア側だけで閉じて活動するのでは無く、企業側との連携を見極める事が重要で、仲立ちを得意とする人材をお仲間に加える事が望ましい。

 更に "標準化" が重要で、日本工業規格(所謂JIS)化に "先だって" 国際標準化機構(ISO)の該当する分野での主導権確保が必要と考えますが、経済産業省が重要視しているにもかかわらず、他省、大学や独立行政法人(=所謂国の研究機関)側の感度が高いとは言えない。

 その点、欧州は狡っ辛い程に巧く立ち回っているのが現実なのです。
 欧州の現実は、私たちがメディアから受ける印象とは異なり、 "Europe, the First" なのです。
 日本も成果だけを先取りされて、国際標準化に遅れを取り、市場進出で後手々々に回るお人好しをそろそろ止めて欲しいのです。
 尚、以上は "最近流行りの自国第一主義" を謳った訳では無く、余りに遠慮し過ぎて無口な日本の現状を愁いているものです。


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20170302:NHK番組が放送倫理・番組向上機構に指摘されて・・・ [ただの私見]

 少しばかり重い話です。
 放送倫理・番組向上機構の放送人権委員会が、NHKスペシャル:”調査報告 STAP細胞 不正の深層” (2014年7月放映)において、元・理化学研究所研究員 小保*氏の名誉毀損に値する人権侵害があったと指摘しています(2月10日)。

 NHKは指摘を真摯に受け止めるとしながらも、人権は侵害していないと反論しているそうです。
 事の真相は自分には解りようがありませんが、この番組を観た覚えがあり、その時の印象では、随分と踏み込んでいるなぁ・・・と感じました。

 捜査権の無い機関が何処まで真相に近づけるのか、ケース・バイ・ケースなのでしょうが、STAP細胞問題の場合、報道の範囲では直接的な証拠が曖昧としか伝わっておらず、また理研自体の調査も早々に幕が引かれました(にも関わらず、未だに著名な学識者が小保*氏を擁護しているYouTube画像も公開されている位です)。

 公共放送であるNHKの調査であっても事情は同じで、担当者の思い込みが強く、取材のあり方が問われた様な感じを受けました(自分に限られる印象でしょうが)。
 思い込みが強くなければ取材に力が入らず、迫力ある番組も出来ないでしょうから、難しいお仕事なのでしょう。
 自分の様に第三者の位置に居て、横から眺めている傍観者が一番気楽です・・・が、社会に何の貢献もしていないとの暗い想いが同時に横切りました。


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20170221:今日は "二重らせん" [ただの私見]

 今日は、J.ワトソンとF.クリック(W-C)の二名によるDNA分子の二重らせん(ダブル・ヘリックス)構造が発見された日(1953年)とされています(出所:WikiPedia等)。

 1953年(昭和28年)といえば、日本では街頭TVの力道山演ずるプロセスが大人気だった時代で、昨年話題となった "シン・ゴジラ" の本家本元 "ゴジラ" の撮影が真っ盛りだった(公開は1954年)頃の事です。

 W-Cは、自ら手作りの分子模型を組み立て、当時迄に知られていたX-線回折像(*)を矛盾無く説明するDNA結晶構造を組み立て、DNAが二重らせん構造を形成する事を示しました(お二人がX-線結晶構造解析を、つまり、X-線回折像から結晶構造を導き出した訳では無く、逆に "分子模型から計算されるX-線回折像 = 実測されているX-線回折像" である事を示した訳です)。

 (*)結晶は規則正しい構造なので、X-線を照射すると特有の回折像を形成します。
   この特有の回折像から結晶構造を導く事をX-線結晶構造解析と称します。

 W-CのDNA二重らせん構造発見物語は、自然科学上の最大発見の一つにふさわしく、わくわくさせる "自叙伝"(J.ワトソン著:二重らせん)で見事な迄に語られています。
 "きれい事で済まない"、"凄まじい限りの先陣争い" も発見者の立場からとは言え、極めて興味深いものがあります。

 特に、当時著名とは言えなかった二人が、ポーリングと言うノーベル賞を受賞している米国の大々化学者に目の前で打ち勝つ有様を素直な迄に書き下した描写は、今再読しても息をのむ程です。

 DNA二重らせん構造の発見から遺伝の仕組み(複製と伝達)が理解され始め、今では人を含む数多くの生命体の遺伝子構造が解りつつあります(と言う事です・・・自分は専門家では無いので)。

 人の遺伝子構造の解明からは、僅か半世紀強しか経っていないのに、新たな医薬・医療の発見・発展につながり、人類がアフリカからどの様な形跡を辿って各地へ広まっていったのか、つまり "われわれはどこから来たのか" ・・・への答え迄もが見つけられ始めている様です。

 それだけDNA二重らせん構造の発見の意義・影響は大きく、広く、今は一括りに分子生物学と呼ばれている学術分野が形成されています。
 この分野における多数の日本人科学者の活躍は誇り以外の何ものでもありませんが、二重らせん構造発見物語に何ら関わりを持っていない事が些か寂しい感じです。

 日本人って、やっぱり物事最初の発明・発見よりも応用展開が得意なのかなぁ・・・
 今日は少しだけ真面目に考えに耽りました。


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20170211:"ツイッター" 大統領 [ただの私見]

 米国の新大統領を彼の地では "ツイッター大統領" と呼ぶ人達がいるそうだ。 唯一の超大国トップである事から、フォロアーも世界中にいて、一千万(?)を超すらしい。 NHKTVのニュース番組担当者も最近フォローし始めたと言っていた。
 ツイッターで一方通行の主張を言い放す善し悪しは自分には判断出来ないが、一つだけ不思議に想う事がある。 最近はこの大統領独特の言い回しを習得した AI を MIT の技術者が開発し、ツイートを始めている時代でもある(アカウントは "realT***" に "対抗" して "DeepT**" とか:日本経済新聞紙:2017年2月1日付け)。 アカウントは大統領であっても、"本人" が発信している事は保証されているのだろうか(つまりは、密かに開発した AI(?)とか補佐官等が代理発信している可能性はゼロなのか)。
 米国大統領は世界一激務の筈で、自らツイートする時間的余裕があるのだろうか・・・と、とても不思議に想う次第です(とは言え、ゴルフを楽しむ時間はある様なので、スマホを自由自在に扱う等、どーって事無い? かも)。


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20170205:昭和基地60歳 [ただの私見]

 本年1月29日は南極昭和基地開設(1957年)60年と知った。
 日本の南極観測は1912年の白瀬隊に始まった事は、アムンゼンとスコットの南極点到達競争と共に小学校で習った記憶がある。
 南極観測と言えば、自分の世代は第一次観測隊が置き去りにせざるを得なかった樺太犬タロとジロを思いおこす。 当時の報道で知った時は事情も知らずに憤慨したが、次の観測隊を "迎える姿" に感動もした。 映画化もされ(「南極物語」(1984年)。高倉健さん主役だったなぁ)、大ヒットだった。  映画公開年代を確認する為にWikipediaを閲覧して初めてタロ・ジロのその後を知った(込み上げるモノ有り)。 
 日本の南極観測の最大の功績は "オゾンホール" の発見で、南極地域自体が地球環境、更には生命誕生の研究の場として着目されるきっかけとなったと聴いている。 今では総計3000人を超す隊員を送り込んだとの事で、彼等を誇らしく想うのは自分(世代)だけだろうか・・・(いまだに曜日を忘れない為に、金曜日にはカレーライスを食べるそうです。NHKラジオニュースで知りました)。


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20170202:環境経営 [ただの私見]

 今日は少しだけ真面目な話を。

 "ブラック" 企業もあれば、環境対策と事業経営を両立させるグリーンな企業もある。
 過日の日本経済新聞社が環境経営度調査の結果を公表している(同紙:2017年1月23日付け)。

 製造業の場合は、
  ①環境経営推進体制
  ②汚染対策・生物多様性対応
  ③資源循環
  ④製品対策
  ⑤温暖化対策

を評価指標として総合評価する。

 トップはキャノ*、2位が日*自動車、3位がコニ*ミノル*であった。
 自分が勤めていた石油コンビナートに立脚した素材メーカー(と言っても海外の巨大メーカーに比べれば微々たる存在に過ぎないが)はトップ20には影も形も見当たらない。

 環境対策には人も資金も喰う。
 今日の収益にはならないし、コストアップの要因になるのだが、当今の市場は激しい価格競争に晒されていて、そう簡単には製品価格に転嫁出来ない。

 自分は10年前に大手リテーラーの環境対策部門の方々と一緒にグリーン製品の導入社会実験に取り組んだ事がある。
 その際、消費者の複雑な購買行動を何回も聴かされた。

 即ち、「アンケートやインタビュー等では、”多少高くても環境に優しい商品を買う” と答えても、実際にはより安いものを買ってしまうのが消費者

 国・日銀がデフレ脱却を図ろうとしても、将来が希望に満ち溢れていない限り、子育て中の家庭主婦には防衛本能が働き、少しでも節約しようとするのです(*)」・・・・と。
 「だから高いグリーン製品への切り替えは少しずつ、着実に進める他ないのです」・・・とも。

 (*)消費者の買い控えは、社会保険負担の増大により、
    消費に回す原資が目減りした事が原因とする指摘も
    ある(同紙:2017年1月27日)

 
 企業はコストアップの要因となる環境経営を何故推進するのか。

 COP21(気候変動枠組み条約第21回締約国会議;2015年12月パリ市にて開催)の結果を受けて、世界各国は京都議定書以降の温室効果ガス削減公約の実現へ向う事となった(我が国は2013年対比で2030年迄に総排出量を26%削減すると公約)。

 この結果、原油や石炭等の枯渇性資源は採掘可能量の全てを使い尽くす事は不可能となり(:使い道の無くなったこの種の資産を "座礁資産" と言うらしい)、再生可能資源への切り替えが必然となった。

 海外の巨大な投融資機関は環境経営を怠っている企業・機関を投融資の対象から外す動きを既に始めているそうで、この動向は新たな米国大統領の思惑外で、変わる事は無いとの指摘が多い(背景に、米国大統領の就任期間は最大8年間に対して、気候変動対応は数十年・百年単位の長長期取り組み)。

 我が国の金融機関は例によってまだ "COP21" の意味する経済的影響を深刻には捉えていない様に見えるが、何れ海外動向を無視して孤立する事は出来ない(何と言っても日本株が買われなくなるのが眼に見えているとの指摘)。

 こう観ると、環境経営度上位の企業は海外展開に長けているところが多い様にも見える。
 環境対策技術に関しては日本の多くの企業は優れた水準にあると実感、信じているし、これが経営と社会へ、ひいては世界へ貢献出来る事を密かに、かつ切に願う者であります。

 尚、ここでは、"グリーン" と言う用語を、資源消費量、及び環境負荷が "より低い" と評価され得る対象に使用しています(評価は国際標準に従った "ライフ・サイクル・アセスメント" で)。


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