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20171110:”サザエさん” 考 [ただの私見]

 毎日曜日18:30からフジTVの "サザエさん" は当初より東芝が提供していたところ、例の不祥事に端を発した経営問題から、家電業を撤退、社会インフラ事業へ資源集中する為、スポンサーを降りる事になったと飲み友から聴きました(日経紙でも確認:2017年11月2日付け朝刊企業総合面:"東芝「サザエさん」降板検討")。

 我が家では息子が小さい時でさえ余り観た事が無く、今では全くのご無沙汰でしたので初耳でした。
 サザエさんと言えば、魚を咥えたどら猫・・・のテーマソングで、砂漠地帯の発祥のくせに何故魚を食べる・・・なんて想った事もありましたが。

 加えて何方か、今の時代に昔ながらの "昭和家族" のあり方を問題視される方があって、サザエさんの放映中止を求めているとか・・・これも初耳でした。

 しかしこれはおかしい。
 NHKは税金みたいに受像器を持っていれば半ば強制的に受信料金を徴収する仕組みなので、ふさわしくない番組の中止・停止を問題提起する事は筋が通ろうが、民放は受信者側からは直接的に受信料を徴収している訳では無い。
 フジTV等地上波民放番組は無料で受信出来、TV番組を観る・観ないはこちら側の意思の問題であって、放送局側の問題では無く、ふさわしくないと想うならば観なければ良いだけの話に過ぎない。
 この番組のせいで社会的な大事件が起こった・・・なんて事があったら論議の対象になり得るかも知れませんが。

 まっ、言論の自由は保障されている筈だから、何を申されようと理性が働いている範囲内であれば一向に気にする事は無いのですが、この程度の事をブログにするなんて、原稿に苦労し始めた証拠であります
 (>_<)


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20171109:”電気自動車” って簡単に生産できるのか? [ただの私見]

 最近のEV電気自動車)への関心の高さは凄まじい。
 フランスや英国を始めとする欧州勢に続いて中国、そしてインドもそう遠くない10年とか20年先に全面的にEVのみを走らせるつもりらしい。

 これ等の国では、ガソリン車製造では最早ドイツとか日本には適わないので無駄な競争は止めて、早めに新しいプラットフォームを固めて自国自動車産業の再構成を戦略化しているとも伝えられている。

 その上、消極的と見られていたドイツですら、先の選挙の結果、ガソリン/ディーゼル車両に反対する緑の党が連立に加わればEVへ舵を切り替えざるを得ない筈で、VW社も方針転換の模様と伝えられている(出所:日経紙:2017年11月2日付け朝刊総合面:"EV時代の足音2-欧州の覚悟")し、ついにダイムラー・ベンツ社もが米国内でEV生産工場を立ち上げる構想を公表している。

 経済産業省によれば、自動車の部品は、数え方にも依るが2~3万点前後で、EVではこのうち40%程が不要になり、自動車産業の構造が大きく変わり得るとしています。
 ベンチャーも立ち上がっているし、それに出資する形で家電メーカーとか家電大型販売業からも参画するところもある様です。

 EVでも必要とされる1~2万点程の部品の品揃えもそう簡単では無いと想うが、 パワートレインを始め、必要部品もモジュール化されて行くだろうから、バッテリーを含めて専門メーカーから買い集めてプラモデルの様に組み立てるだけで
  "EV いっちょあが~り"
の様な、安易な受け取られ方をしていないだろうか。

 EVも自動車である以上、走行性・操作性・安全性・耐久性・居住性等の基準は家電製品とは比較にならない程厳しいし、いずれは搭載されるようになる AI の設計も大変だ(米国の超巨大 IT 関連企業が苦心・苦労している程だ)。

 第一、一般大衆が購入する自動車では "コスト" も重要だし、EVの要となるバッテリーも、充電する時の電源由来(石油か石炭かバイオマスか、はたまた原子力か)、更に再生不能となって最終処理処分迄を含めた "資源及び環境負荷" だって "優しい" と確定されているとは言い難い。

 加えて、電極の素材である Li だってその産地は中国に偏在していると言う地政学的課題含みだし、更にそこだって無限に採掘される訳では無い。

 EVの先見性・将来性は十分に解っているつもりで、未来永劫、ガソリン車が・・・とは想いませんが、今の自動車産業が抱えている諸課題がEVで全て解決するなんて、そんなに簡単なモンでは無い筈。

 その上、一部のマニアとか気まぐれな資産家相手であれば、ベンチャーもどきがコストを気にせずに "手造り" 生産して提供していれば良いでしょうが、広く一般へ普及する為の前提となる "量産性" の壁は高いと想いますヨ(何故自動車が庶民の足になったのかは、 "T-型フォード" を想い起こしましょう)。

 結局は、乱立するであろうベンチャー等ではなく、今の自動車製造企業が核にならざるを得ない・・・と自分は考えています。

ついでに:
 本格的に普及した段階で、ベンチャー等の資本力の弱いところが "製造物責任" を完全に負担出来るとは自分には想えませんし、そもそも今のLi-バッテリーを代替する超高密度・超大容量電池が開発されるのが先決と考えます。

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20171028:結局何も変わらなかった(選挙と国民審査) [ただの私見]

 22日(日)に実施された衆議院選挙、我らが住む横浜市北部の丘陵地域では従来通りの結果で、何も変わらなかった。

 台風21号の豪雨の中、雨に濡れながらも果敢に投票に出向いた有権者の意向だろうから、これはこれで結構だ。
 当選された方は、初心を忘れずに国家大系実現に向けた政務に勤めて戴きたい。

 また最高裁判事国民審査の結果は、当然予想されていた事ではあったが全員が信任された。
 自分は "一票の格差" に関する考え方で判断したが、殆どの有権者はそうでなかったと言う事なのだろう。
 たとえ "不信任に限り × を付ける" という方式が不親切・不適切な仕組みであったとしても、これも国民審査の結果であり、素直に受け入れよう。

 それにしても自分の歳を考えると、衆議院選挙と最高裁判事審査はあと1~2回程の参加かぁ・・・と、柄にも無く、 "ふと" 想い巡らしました。


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20171026:驕り(おごり) [ただの私見]

 思い過ごしで無ければ、日本の物づくりは曲がり角、それも最後の第四コーナーを迎えているのかも・・・。

 日産自動車での無資格者による完成車両出荷検査(*) を、トップの公表&謝罪会見以降も平然と続けていた事、神戸製鋼の出荷検査ごまかしを担当管理職が知りながらも黙認していた事等、従来の日本では考えられない不正で、ここまで劣化・堕落しているとは思いも寄りませんでした。
  (*):これについては少しばかり "好意的" に見ていたのだが、甘かったです!
     "20171013:”根っこ” は同じ(大規模停電・無資格検査・過労死)"

 自分が企業に入った頃(1960年代)は、海外から技術を導入して、マニュアル通りにプラントを建設し、マニュアル通りに運転して素材を生産していた時代でした。
 
 ところが、これは経験して初めて気がつく事なのですが、物づくりは不思議な事にマニュアル通りであっても "継続" していると、装置の中で、更にはもっと突っ込んで、どの様な反応がどの様なメカニズムで起こっているのかの理解が深まり、やがては最近の言葉でいえば "深掘り" も出来る様になり、改善・改良が進み、その結果、生産性が高まると同時に、より高品質、場合によっては新たな機能を加えた素材の開発をも可能とする事が多いのです。
 正に "継続は力なり" です。

 手を抜かず、先達の指導に忠実に従っていた事が製造技術そのものを高度化させ発展させた事につながった訳で、それだけ当時は "謙虚" な時代だった言えるでしょう。
 解決能力が育ち、やがては問題・課題自体を発掘し、新たな発見・発明をもたらす・・・ポジティブな展開がなされた、今想えば "前向きの時代" でした。

 1980年代に入ると物づくり(技術)は "頂点(?)"に達し、海外視察しても "習う事はもう無くなった" ・・・ と言ってはばからない企業トップが出始めた程で、この時点で "驕り" が始まっていた訳です。

 自分等が一番・・・との想い込みが、社内規格は無論の事、JIS(日本工業規格)をも守らずに検査値を改ざんして出荷を続け、知らんぷりしていた訳で、とても残念です。

 神鋼や日産自動車の不正で失った信頼の取り戻しは、最早難しいのでは・・・と想います。
 私ら日本人は不祥事・不都合をすぐに忘れ、それを水に流す・・・が、世界は決して忘れないし、決して水に流さない。
 すぐ後ろには韓国・中国が迫ってきており、彼らが昔の日本の様に忠実な物づくりを続けていれば、すぐにでも追い抜かれ、挽回は不可能です。

 日本の物づくりは明らかに奈落に落ちかけていると想わざるを得ない有様で、なんとも残念です。

ついでに:
 我が国の政治家・役人を始め企業経営者は、韓国・中国、ひいては東南アジア諸国の技術レベルを軽んじる傾向が多々ある様ですが、これは明らかに誤りです。
 確かにいろいろな理由・事情で第一線を引いた優秀な技術者陣がこれ等の国に出向いて技術を指導・育成してきた時代がありました。
 今でも一部続いている様ですが、肩を並べている、むしろ先んじている所もあると認識すべきだと、自分は考えます。
 彼らも我々と同じ技能の持ち主なのです。
 決して劣っている訳ではなく、ただ単にスタートが遅れただけなのです。
 自惚れてはいけません。
 "堕落した方が負け" なのです。
 そう想っています。


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20171013:”根っこ” は同じ(大規模停電・無資格検査・過労死) [ただの私見]

 信じたくは無いが、日本の産業システムは "劣化" したのでは無いか・・・とさえ想えてしまう( "政治・政治家の劣化" については既にブログしたばかりですが・・・ (*))。
   (*):”20170927:結局、政治家って ”嘘” をつく”

 自分の現役の頃の日産自動車と言えば、技術陣はトップクラスの技量を持ちながらも議論好きが過ぎて結論を出せずに決断・決定が遅れ、ライバルであるトヨタ自動車に抜かれていった・・・との想いしか無かったが、今の会長さんが来てからは、企業のミッションを明確化させ、それを実現する為の "PDCA"( "Plan" ⇒ "Do" ⇒ "Check" ⇒ "Action" )を効率的に回して見事に復活し、世界規模の発展をしている(電気自動車で示した先見性は見上げたもんです。ただデザインが自分好みとは乖離していたのが残念)。

 いかに企業トップの経営哲学・采配がキーなのか、その実証事例の様だ・・・と想っていたら、完成車両の出荷検査を全国工場で何年も前から無資格者が "代行" していたと言う。
 100万台を優に超える車両がリコールとなると伝えられています。

 完成車両の出荷検査は、本来は国土交通省、即ち国の業務の筈だが、自動車製造企業に任せていた事(=要するに、"丸投げ" です)が背景にあると考えます。
 即ち、企業は作業の効率化を旨とするので、資格者が足りなければ、身近な、優秀だが無資格な者を指導して "代行" させる・・・事は容易に想像出来るし、恐らくは日産社に限った事では無い筈です。

 "代行" が背景にあるごく最近の事故・事件では、JR東日本の首都圏電車運転停止が想い起こされます。
 これは電力供給を担う発電所設備の保守点検を委託された関連会社の作業員がSOP(安全確保の為の標準作業手順)を守らずに起こしたと伝えられている(*2)。
   (*2):”20170912:”技術の伝承” は難しく・・・”

 本来担う筈の組織が下位の関連組織へ業務委託する・・・それなりの理由があるとは想うが、こと安全性に関わる作業の丸投げには二重三重のセイフティ・ネットの仕組みが必要な筈だ。
 激しい国内・国際競争に晒されている事から、"焦り" ⇒ "コスト↓" ⇒ "下請けへ丸投げ" の構図を生み易いのだろう(同時に "責任転嫁" が行われて、結局は弱い立場の現場が詰め腹を切らされる)。

更に想いを横滑りさせれば:
 電通NHKで見られた女性社員の "過労死" も、立場の強い上級者が立場の弱い新人・女性社員に大量の業務を無理な期限付きで任せてしまう、同じ構図だ。
 いつでも弱い立場側が受け身で、何とかこなそう・・・との想いで無理算段する姿が見えます。

 こういう "下請け構造" の中で "安全性" が損なわれていき、担当者の "人権" が無視されていく・・・のだと想っています。
 上級側の "驕り" 以外の何物でも無い・・・人間としての "劣化" そのものです。
 残念かつ悲しい事には、同じ様な事故・事件は繰り返されていくに違いない・・・と、自分はこの事に関しては極めて悲観的です。


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20171007:”リベラル派” と聴いて想い巡らした事 [ただの私見]

 本来、自由主義に則った考え方の筈なのに、今では "保守派" に対峙する用語として使われ、報道する側の立場によっては "保守派を反動勢力"、"リベラル派を革新勢力" と位置づけて使われている。
 "保守即ち反動" & "リベラル即ち革新" と決めつける、お定まりのおかしな使い方だ。

 今回の衆議院総選挙において、希望の党が民進党員立候補希望者の選別の際、リベラル派を篩い落とす・・・といった使われ方がされていたが、ここで言うリベラル派って、党で決まった事をいつ迄もぐだぐだ文句・異論を吐いて従わない議員の事だし、憲法改正一切まかり成らぬ・・・の一本槍が何故もって "革新" なのか、自分には理解に苦しむところだ。

 彼らって、主に官公庁系労組の支援を受け、批判・いちゃもん・反対だけ、まるで "旧守派" で、とても革新勢力とは想えず、正反対としか捉えられない。
 対案を出してくれないから、自分には選択肢が無い、即ち存在していないと同じ様なモンなのです(独断ご容赦)。

 政治は、数が無ければ何も動かない。
 いくら緩やかな絆といっても、自らの考えと異なる党議だから従わないとする人達を抱えては戦えない。
 希望の党を支持する支持しないとは関係無しに "戦術" としては大アリの筈で、批判する方がおられる事は十二分に承知しているが、自分は "さらさらっと選別"・・・大いに結構。

 かといって、代議士も落選すればただの市民となるので、それを避けるために節を曲げる様では政治家としては情けない限りだ。
 新たな受け皿が出来た様だから、そこで貫徹して戴ければ良いだけの話で、"器" のある方であれば、当選しますもっ!(見ものだが)

 自分は蓮舫氏を未だに許せないでいる(*) が、この方を希望の党が迎えるのであれば、民進党⇒希望の党は、それこそ "野合" と想っていました。
  (*):その背景:"20170723:蓮舫代表の記者会見を観て"

 自分の住まいの選挙区では、果たしてどんな風が吹くのだろうか。
 今回ばかりは関心が高く、現役の方々の高い投票率を期待しております。
 シルバー民主主義に "忖度" する必要は全くもって無く、ご自分と、特に次の世代の事をお考えになって投票先をお決め下さるのが良いのでは・・・と、心より考えております。


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20171006:”財務相の言い分” はおかしくないですかぁ? [ただの私見]

 麻生財務省大臣が9月28日(木)に都内で開催された全国証券大会で
   「企業の内部留保金が多過ぎる
と “いちゃもん” を付けられた様だ(日経紙:2017年9月29日朝刊)。

 この方が言うと、”設備投資等へもっとじゃんじゃん使ったらどうだ” ・・・ と “威嚇” の感じさえする。

 日銀が勝手に設定したインフレ率は一向に達成せず、先送りばかりなのに黒田総裁には責任感が見られないし、景気の良さは実感出来ない。
 目標達成が遠のくだけなのにイライラ感つのってのご発言だったと想うが、これは “逆立ち” した論理というものです。

 企業が儲けを設備投資とかへ回さないのは、景気の先行きに不透明感があり過ぎ、更には国の政治に信頼を置けない事が底にあるからだ(経営者は利口だから黙っているけれど)。

 “特区” といってもお友達優遇だし、”岩盤規制” は揺るぎもしない。
 目くらましの様に次から次にいろんな戦略が打ち出されるが、PDCAが廻っておらず(*)、打ち上げ花火に終わっている。
   (*):”20170619:国の基本方針&戦略とPDCA”

 未だに多くの企業の投資先が海外に向けられるのは、政治への不信が拭えないからです。
 この方は時々 “本音” をお喋べりになるのだが、今回のご発言は自らの政治姿勢・政策運営が要因の一つになっている事にお気づきになっていない・・・です。

 責任を企業に転嫁してはいけません。
 先行き明るく、儲かる・・・と解れば企業は黙っていてもじゃんじゃん金を使うもんです。
 違いますか?

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20171005:司法の判断って? [ただの私見]

 つい先日(9月27日)、最高裁が先の参議院選挙における選挙倍率の合憲・違憲の判断を下し、"1票の格差は、3倍程度迄は合憲" との判決だった。

 “5倍は違憲” で “3倍なら合憲” ・・・
 我が国司法界に於ける最高権威である判事様等が "何を持って違憲・合憲と判断されたのか"、新聞各紙に掲載されている僅かなコメントでは理由が明示されておらず、自分には理解出来ていませんが、首都圏住民からすると自分等の選挙権が1/3に過ぎない事に納得出来る訳がありません

1.1倍の差異を違憲と判断する民主国家もあり、なぜ自分等は1/3の権利で我慢しなくてはならないのか、最高裁判事様等は易しく説明して下さる責任・義務があると想いますが、如何でしょうか?

 うぅ~ん、最高裁判事様等はブログの様な庶民の世界にはご関心は無く、諦めるしかないんですかねぇ・・・
 3倍差が合憲なんて、何となくおかしな話だ。
 そんなら住民税を1/3にして呉れっ!・・・なぁんて無理ですかね。
 くしゅん(涙)。

PS:
 住民税を一票の格差に正比例させれば、格差なんかすぐさま解消されますがなぁ!


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20170927:結局、政治家って ”嘘” をつく [ただの私見]

 "底無し" とも言われた支持率低下回避を狙ったこの8月の内閣改造、"仕事内閣" と銘打って "出直すぞっ!" との意気込みで少しは回復した支持率と北朝鮮の威嚇を背景に、急遽、衆議院解散・選挙となり、更に10%消費増税による増分を教育無償化へ充てると言う。

 内外共に課題山積している筈なのに仕事は何もしていないし、消費増税を "社会保障制度拡充" と "借金返済" としたそもそもの約束も "反故"(約束を守れなかったのは変更とは言わない。"破る"と言う。言葉遣いがおかしいですよ。総理大臣殿)。

 "教育無償化" と言えば現役世代の反対は無い・・・との読みなのでしょうが、どうして、こうその場その場で取り繕った嘘(も方便)をつくのだろう
 いくら政治は生きものとは言え、これでは適わない国民は多数いるだろう・・・と言っても、今の野党じゃ・・・が大方の考えなんだろうなぁ。

 例の3人男(*) には生理的に嫌悪感を感ずるものの、今の総理大臣にはそうでもなかったのだが・・・
   (*):”20170811:安倍内閣支持率を観て”

 与党・野党を問わず政治家は、中央・地方をも関係無しに不倫はするわ、失言はするわで、加えて地方議員には政務活動費を誤魔化す犯罪者がごちゃごちゃ居るようだ。

 どうして、こうも政治・政治家は "劣化" してしまったのだろう( "TEKKAI" (**) しちゃえば何でもチャラになるからなぁ・・・)。
  (**):実は、こんな提案をしております:
     ”20170701-2:”TEKKAI” - 新たな定義と記念日(ご提案)”

 官邸の意のままに発言する蝦蟇の様な顔の大きい政治評論家がTV番組に出放題らしく、この意味では評論家の世界も同じかぁ。
 軒並み似た番組ばかり垂れ流す放送局も、免許更新は国が握っているから、適当に、それこそ "忖度" しているんだろうなぁ(これもそうとうな劣化だ)。

 政治・政治家・政府は国民そのものを反映しているとも言われるので、そうだとすればこの劣化は "有権者自身の劣化" を意味するのだろうか?

 日経紙の窺った記事(2017年8月21日)では、二世・三世とか、何とかチルドレンと呼ばれる様な "地元に密着しない候補者" が "自己信念に欠けた国民" によって、その時その時の "風任せ" で選ばれ、議員になったは良いが、"政治家としての教育を受ける機会・仕組みが無くなった" 事が "人的要因" と断定されている(但し、"自己信念に欠けた国民" は日経紙記事にあるのでは無く、自分の蛇足に過ぎません。念の為)。

 二世・三世とか、何とかチルドレンと呼ばれる議員の多くの発言に理念・信念・哲学を感じないし、だとすれば特に "チルドレン生みの親" たる小泉元総理・小沢一郎氏・阿倍現総理・小池都知事等、歴史に名を残すに違いない政治家の皆様の責任は計り知れない事にもなるのだが・・・(うぅ~ん、小池さんに限っては認めたくはなかったが、都政に専念する様な言い回しだったのに、今度は "機が熟した" とかで政党代表になっちゃったし・・・超微妙っ!。だが、官邸の意向を "忖度" した放送局や評論家のバッシングが始まるに違いない)。

 一向に減らない国の借金はこれからも増え続け、いつかはパンクするだろうし、聴いた話では2020東京五輪パラリン後が危ないかもしれないらしい。
 もしそうなれば、その時、日本は経済的には破綻・破滅だ(預貯金・株・国債社債がパァーになっちゃうからネ・・・と、株をやっている飲み友から聴いてしまっちゃったのです。笑いながらの話だったので話半分としても・・・思い切って今のうちに使っちゃおうかな?)。

 劣化した政治家が仕切る世の中を渡らなければならない現役の方達は本当に大変だ・・・と、ただただ想うばかりの高齢者であります。


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20170922:江戸しぐさ [ただの私見]

 ウォーキングとかで、また狭い道路とか通路・廊下を行き違う際、体を横にして相手を通りやすくする、傘をさしている時は高く持ち上げて邪魔にならないようにするとか、相手と反対側に傾けて滴がかからないようにする等、相手を優先して思いやる仕草を言いますが、実にさりげなく行う年配の方に時々会います。
 白髪で実に温厚な印象の方だ。

 "江戸しぐさ" は、手元の雑誌(*) によれば、江戸時代に商家に伝わった習わしとの事で、相手への "惻隠(そくいん)の情"( = 思いやる心遣い。最近、役人の間ではやっているらしい "忖度(そんたく)" との違いは自分には解らない)が根底にあるそうです。
  (*) 月刊サライ誌,2013年3月号特集 「 「江戸」東京案内」,p.40-41

 真似事に過ぎない自分のと比べて実に自然なので、幼少時よりしつけられた、いわゆる育ちの良いお方なのだと想う。
 こういう方って、少なくなりました。
 一度、お話ししたいものです。

江戸しぐさで感心した事が一つ:
 お馴染みスマホに夢中になって鶴見川支流沿いの遊歩道を歩く高校生(?)が、ウォーキング最中の自分にぶつかりそうになる直前、自分の方で少々大げさに身をかわすような仕草をしてやり過ごすと、さすがに気がついたのか、「すみません。有り難う御座います。」 と、きちんと挨拶したのです。
 少し照れた顔していましたが。

 江戸しぐさって、ギスギスしているとしか思えない今の環境でこそ必要なんだろうなぁ・・・とつくづく想った次第です。
 そう思いませんか?

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20170912:”技術の伝承” は難しく・・・ [ただの私見]

 この9月5日(火)の午前に、JR東日本の蕨(わらび)変電所@埼玉県蕨市で起きたトラブル停電で首都圏7路線が運転停止に追い込まれ、社長自らが謝罪会見を行った。

 直接的な原因は、交流変電設備点検時に、本来は電気を止めての作業にもかかわらずに、それを守らなかった事と伝えられている(各紙:2017年9月6日夕刊)。

 どうやら、施設メンテ作業はJR東日本の本体から委託された関連会社担当とされていて、 ”SOP” (安全作業の為の標準作業手順)が遵守されていなかった事に起因している様だ。

 "コスト対策" として本体から分離されたのだろうが、年配者がどんどん引退していく内に、いつしか "技術の継承" が損なわれていく・・・のを垣間見た感じです(事情はJRに限らない)。

 社長が "原因をトコトン追求して安全確保に努める" ・・・ と言っても、本体の目の届かない所では "手抜き"(=何事も起こらなかった時、この手抜きは "合理化" とか "省力化" と呼ばれるのです) が横行しやすいのは容易に推測出来る。

 "安全確保" には、経営陣が最も嫌う "経費" がかかるものです。
 順調な時は、この経費が "無駄=無用の長物" に見えるのでしょう。
 同じ様な事故が繰り返し起こりやしないか、懸念されます。

因みに:
 出雲大社や伊勢神宮では、一定の時間間隔を置いて社を建て替える事で、資材の持続的な確保と建築の技術を伝承しているとされる。
 これが意味するところの一つは、 「技術の伝承には確固たる “使命感” とそれを実現する為の “長期的な視野” が必要である」 という事と考えます。

 短期に収益をあげる事を使命とする企業経営陣に、この様な持続的な資金と人材の投入が可能かどうか、自分はやや "悲観的" です(性格自身は超楽観主義なのですよ)。

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20170910:学会 ”敗北” 宣言?(地震予知) [ただの私見]

 東海地震南海トラフ地震について、ついに "本音" が出た様です。
 過日に開催された政府の中央防災会議・有識者会議から提出された報告書案では、「確度の高い予測は困難」 とまとめられているそうです(題目出自:日経紙2017年9月1日付け朝刊第一面 "春秋" より)。

 従来、"予知可能" と主張して巨額の予算を注ぎ込んできたが、有識者、即ち学識・知識・経験豊富な学者先生方が、"確信の高い根拠" を持てず、これ以上は "引っ張れない" とご判断されたのか。

 酷な言い方ですが、近いところでは昨年の熊本地震も予知出来なかったし、淡路・阪神大震災も東日本大震災もそうだった。
 起こった後で "思い当たる節" がある・こんな "前兆" があった ・・・ と指摘された方もおられたようだが、予知には何の役割も果たせていない。

 それ程、プレートの活動機構の原理は解っていないと言う事なのか。
 我が済む所である横浜市は、自治体の中でも巨大震災に襲われる確率が際立って高いと予測されていましたが、こうなってくるとその判断はどうなんだろうか。

 発生頻度から推定・予知するだけでは、地震学は学問としてはいまだ完成からはほど遠いと言う事なのかも。
 地味な学問だし、理系の天才・秀才の多くは数学、物理(素粒子・物性)とか分子生物学、工学系では情報技術とかナノテク等、派手な方面へ向かっちゃうしなぁ・・・("例外" を祈る次第です)

 それでも、国には、地道な "観測" を怠る事なく継続して、"異常" な現象を見逃さない様に努めて貰いたいものだ。
 中国も巨大地震が発生する国で、政府も国民の皆様も "好中"・"嫌中" いろいろな感情をお持ちでしょうが、せめてこの方面の分野に限っては情報共有してお互いの地震学の発展に向かって欲しいと想う次第です。

 無理筋かなぁ ・・・ (>_<)

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20170908:サッカー日本代表の対豪州戦を見ながら想った事 [ただの私見]

 つい先日(8月31日)、サッカー日本代表オーストラリア代表を2-0で下して来年開催されるFIFA’Wー杯ロシア大会出場権を獲得しましたネっ!(最終戦の対サウジ戦はゼロ敗でしたが)

 久しぶりにTV観戦しました。
 昔に見た試合運びとは随分と様子が違っていて、顔を知らない若手選手がたくさん、活き活きとしていた様に見えました
 自分でさえ顔を知っている有名レギュラー選手の中にはベンチを温めていただけの方もいたにもかかわらず、強豪に勝てた事に少なからず驚いた次第です。
 素人の自分が見ても明らかに世代交代が進んでいる。
 ハリルホジッチ監督の手腕なのでしょう。

ところで:
 若手の活躍を見ている内に、彼らはチャンスを与えられ、それを活かしたんだなぁ・・・と想うと同時に、伊達公子さんの現役引退(8月末。ブログで公表)の事をなんとなく思い起こしました。
 彼女の場合、1996年9月に一度現役引退、その後2008年4月に復帰し、これ迄活躍されてきた。

 彼女の様な超一流選手が引退した後に身の周りの人達を見るにつけ、自分の能力が依然としてずば抜けて高く、まだまだ現役をやれると想われたに違いない。
 しかしこれによって将来は芽がでたかもしれない若手のチャンスを奪ってしまった事はなかったのか。

 チャンスは勝ち取る・・・正論ではあるが、そのチャンスとの巡り会いは自分の実力とは関係ない面もあり、彼女が再度現役復帰しなければそのチャンスに巡り会えた若手がいたかもしれない

 ただ、誤解されては困るのですが、ここで伊達公子さんのご判断(引退⇒復帰⇒再引退)を非難している訳ではありません。
 一流選手が最盛期を過ぎても現役、更には生涯現役・・・それなりの哲学なのでしょうが、それによって潰された若手がいたかもしれない・・・と想うと複雑です。
 個人スポーツの場合には世代交代はその個人の方御自身の判断が主体となるので、集団スポーツの様な具合にはいかないのでしょう。

 視点は変わりますが、自分は、"老兵は去るのみ" ・・・ と言った、それなりの役割を終えた軍人の自らへの厳しさの方に惹かれます。

因みに:
 この有名な至言はD.マッカーサー元帥(:どれ程の方々がご存じか・・・そんな時代になっています)によるもので、真意は当時の極東・アジアの政治情勢を鑑みた別のところにあると聴いた事がありますが、ここでは文字通り、単純に引用させて貰いました。
 深い意味はありません。

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20170906:やっぱり ”地球灼熱地獄化” なのか [ただの私見]

 今年の夏はとても変だった。
 5月連休直後に真夏日があったり、東京では連日雨に見舞われたり、9月に入ったとたん秋模様になったり。
 これで済む筈はなく、厳しい残暑があるのだろうか。

 ところが、海外では更なる上の "異常気象" が続発しているようで(出所:日経紙:2017年8月28日:"世界で 「殺人的熱波」")、パキスタンでは気温54℃、イランとUAE、更に北米でも50℃突破、ローマでは6月以降雨が殆ど降らずに深刻な水不足に陥ったそうです。
 それに加えてびっくりしたのは、米国アリゾナ州ではこの6月に、あまりの気温上昇のため航空機が離陸に必要な揚力が不足して50便程が欠航したと言う事です(大気密度が減少した為)。

 米国の研究チームによれば、このまま進めば 「2100年には世界人口の最大75%が熱波にょる死の脅威に晒される」 そうで、そうならやはり "地球温暖化" ではなく、"地球灼熱地獄化" じゃありませんか!

そう言えば:
 こんなブログをしたためた事がありました:
    "20170612:”温暖化” ではなく、”灼熱地獄化” "


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20170903:”会食作法” 考 [ただの私見]

 李香氏(いわゆるライターさん)署名記事:"常識ナビ:仕事先と会食 スマートに" (日経紙:2017年8月28日)を読みました。
 卓上にはスマホを置いてはいけない、手皿は駄目・・・等々、"駄目" 事柄を "常識" として織り込んでいるのですが、この手の記事とか、今では観なくなったTV番組でのマナー紹介等、自分はどうも "違和感" を否めないのです。

 記事では "会食は会話を楽しむ事が目的" だから、相手に対する思いやりを "形" で表す・・・とありますが、とすれば、その "形" は、生活様式・食材・食器具自体の素材&形状が変わってきている現在、"昔通りであれば良い" とする "おしきせ" はおかしい

 出席出来ない遠方の友をモニターを通して参加して貰う事も、個室で他人に迷惑がかからなければ許されても良いと想うし(食事は一緒ではないが会話は楽しめる)、極めつけはマナー専門家と称する方達が "鬼の首" を取ったかの様に言う "手皿は駄目" ・・・とは、食事のマナーを蘊蓄するTV番組では定番だと想うのですが、これも出席者・場所・雰囲気・成り行き次第で許される場合もあって良いと自分は考える。

 フィンガーボウルの水を、使用方法を知らない客筋に合わせて飲む・・・有名なこの英国王室の逸話が本当の事なのかどうか自分は知らないものの、会食での本質を示していると想えてなりません。

 要は臨機応変で、参加者全員が不快にならない範囲であれば良い筈で、我が国の皇室の方々も相手に合わせた作法・会話に実に長じておられると聴いた事もあります。
 仮に高貴な方がやむを得ずに手皿をされたら、食事マナー専門家と称される方々は何と言うのでしょうか。

 加えて、国内外を問わずに "右利きを前提とした配膳" で、生来の左利きである自分は箸の置き方一つに気を遣うのですが、これはホストを演ずる場合に限り、ゲストで招かれた場合には始めにお断りを入れておいて自由にさせて戴く。
 正直に話しておけば誰でも左利きの振る舞いをいぶかしがる事はありません。

 会食作法の基本は、第一に食事を楽しみ、次いで会話を楽しむもので、がんじがらめで締め付けられていては元も子もない。

 自分は高校生の時に洋食の作法を教わった事があるのですが、その時の教師が 「自分を取り繕う事は不要。知らない事は恥では無く、隠す事こそ恥。素直に質問して教えて貰う事」 と言われた事が今の歳になっても忘れていない。
 食事の作法に限らず、万事に通ずる名言・至言だと想っております。
 会食は楽しく過ごしたいものです、たとえそれが居酒屋さんであっても。

追記:
 つまらないブログでしたが、それでも推敲している間に想い出した事がありました。
 先代・円楽師匠が、時の名人と言われた大先輩等と会食した際、"不作法ですが" とお断りをした上で食べ終わったご飯茶碗にお茶を入れて飲んだそうです。
 その時、同席の大名人が 「それが一番の飲み方なのさ」・・・と、さりげなく "かばって" くれたそうで、会食とはこうでありたいと想い出した次第です。
 手皿は駄目・・・なんて拘る方には無縁な話でしょうが。


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20170901:社員旅行が復活? [ただの私見]

 不思議な記事を眼にしました。
 日経紙2017年8月21日付け夕刊に "職場の交流減った今こそ社員旅行復活だ" と題した記事のことです。
 社員同士のやりとりが直接会話よりもメール等が主役となり、社員同士の接触が減った事に管理職・経営者側が危機感を持っている事が背景にあるそうな。

 そう言えば飲み会に欠席する社員も結構いるそうですネぇ(飲み会に欠席する・・・自分には考えられません!)。

 今は多くの方が、通勤の間は小さな四角い画面を見つめ、なぞり、職場ではデスクに座り続けてモニターとにらめっこの毎日でしょうから、お互いの直接のコミュニケーションは少ないんでしょうね(苦手とする若い方も少なからずとか)。

 でも自分の経験から申し上げると、社員旅行の "幹事役" は、会計・宴会(出し物・盛り上げ・お酌・・・)・二次会手配(男連中に限って "行きたい所" は決まっていたけど場所も手配の仕方も解らない (>_<) )等、普段経験なんぞしないもんだから大変な気苦労ばかりで、こんな仕来り無くなれっ!・・・なんて、想ったりしていましたので、いつの間にかその風習が無くなってもなんともなかったです。

 それに精々一泊二日の旅行なんて、疲れが残るだけな上に、行き先に限りがあるので、いつしか行った事のある観光地ばかりとなり、又か・・・とマンネリ化してしまう。
 今度の復活社員旅行はどうなるんでしょうか?


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20170831:産業革新機構のベンチャー投資ほぼ全滅 [ただの私見]

 大変残念です。

 次の日本の屋台骨を担うと期待される新しい産業を作り上げ、いわゆる "ベンチャー・キャピタル" を育成する事を謳う産業革新機構(経済産業省所管の官民ファンド)の投資成績が振るわない(出所:日経紙:2017年8月6日(日)第一面)。
 投資の80%以上が失敗し、回収が不可能となり、税金の無駄遣いと指摘されても言い訳出来ない状況だ(それでも誰も責任を取らない)。

 産業革新機構以外にも内閣府や各省がいろいろなファンドを設けて新産業立ち上げに躍起になっているが、一向に成果が見えてこない(それでもやはり誰も責任を取らない)。

 理由の一つには、
  「良いモノは、良いシステムは売れる、普及する」

との "信仰=思い込み" が余りに強い事だと経験上推察する。

 世の中、決して最良・最善のモノ・システムが市場を席巻している訳では無い事を、私たちは経験しているではありませんか(皆様、思い当たりませんか?)。

 関係者全員が善意で取り組んでいるのであろうが、 "世の中、そうは簡単に問屋が卸さない" 。
 これについては、一度簡単な経験論的考察をブログした事があります:
  ”20170312:新材料の実用化の難しさ”

 日本のベンチャー投資総額は凡そ1,300億円程で、巨額と思われがちですが、米国は7兆円、中国は2.5兆円とされ、彼らの10%にも満たないで、細々とやっている感じに過ぎません。
 それでも10億円に満たない**学園用地の問題は大騒ぎするのに、1千億円を超える成果を生まない投資が問題にならないのはどういう訳か、"税金が無駄に喰われている" 事は同じなのに・・・自分には理解不能で、つくづく日本という国は "不思議な国" だ(和食と日本酒は、最近はワインでさえ旨いが・・・)。

 効率を上げるには、各省入り乱れて投資先を探すのではなく、全体を俯瞰して日本の強み・弱み、外部・内部環境分析の上で戦略化した論点整理が必要で、だとすれば今度の安倍改造内閣は経済優先を第一課題とするらしいので、 "日本経済再興プラン" を打ち上げ花火に終わらせずに、成功に向けて全力を注いで "仕事" をして欲しいと願うばかりで、その為にはPDCA(*) をしっかり実行して戴きたいものです。
   (*):"20170619:国の基本方針&戦略とPDCA"

 若い世代が将来に希望を持てなくなれば日本はお終いです。

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20170825:都内の大学定員規制・・・それでも若者は東京へ [ただの私見]

 国が定めた "骨太方針2017"(6月閣議決定)の中には、東京23区内大学に定員規制をかけ、これ以上増やさせないとする方針が織り込まれており、文部科学省の来年度からの施策となっているそうです。

 皆様はご存じでしたか?
 自分は、福山絵里子氏署名記事(日経紙:2017年8月21日:”東京23区の大学 忍び寄る定員規制”)で "始めて" 知りました。
 先取りする様に、早稲田大学では本年度入試での合格者数を例年より2千名程も減らしたと言う事です。

 この方針の背景には、全国知事会から
  「東京一極集中を変えるため、大学の定員を規制せよ」

との要請に基づいているそうですが、これは "理" が通らない。

その理由:
①23区内大学の定員を規制しても、応募者が定員割れしている大学もあり、第一志望校を落ちても第2,第3志望校@都内へ流れるのは眼に見えている( "東京信仰" は根強い)

②若者が首都圏へ流入する規模は、
  10代後半≒5万人 & 20代後半≒22万人
で、進学時よりも就職時の方が圧倒的に多い・・・つまり、地方の若者の流出は就職の為で、地方に若者を惹き付けるような就職先が無い

③若者の人生は地域のためにあるのでは無く、本人の目標・自己実現に向かう事こそ大切であり、地元に残ろうと決心する様な大学・就職先を創出する事こそ "知事のお仕事"

 福山さんと言う方がどの様なお人なのか、自分は全く知りませんが、同感した記事に面したのは久方ぶりです。

 但し、念の為ですが、自分は地方を疎んじる立場ではありません。
 首都圏直下型とか南関東大地震が確実に到来すると言うのに、何で東京に来るのかな・・・何て無責任に想う自分ですが、一方で、自分の親も九州・山陰からの上京組だし、家内は福島県から(些か複雑です)。

 自分の周囲には上京組のご子息やそのお子さんが多いのが事実だし、親父殿・お袋様の地元、また家内の実家にはさしたる就職先は無く、昔からの商家は今では多くが立ち消えになっているのが厳しい現実です(いわゆる観光資源も無い)。

 東京一極集中というのは、"歴史的" かつ "国民性" が背景にあるのでしょうが、大学と言うよりも、"魅力的な就職先" の創出こそ解決に向けたキーだと考えます。

この魅力的な就職先について、以下は "飲み友" の受け売り:
 東京を初めとする首都圏以外では法人税をウンと安く・・・と言うよりも "マイナス" にする(=東京からの距離に比例した、お薦めは "指数関数" 的な助成金を支給)、東京本社のそれを今の10倍以上とする・・・等の政策を展開する(国が本当に東京一極集中を変えようとするなら国が資金を供給する)。

 AI の進化により働く方々の業務形態は変わらざるを得ない事から、例えば ICT(情報通信技術)ラボ等の設置を誘致し(*)、その技術に長けた若者であれば給与を通常の10倍以上に引き上げる等、施策はいくらでもある。

 (*) 東横線沿線の日吉/綱島間、通称 "綱島街道" 沿いに米国超大手ICT企業の
   技術センターが誘致されている事例があります
   (たまたまあった松下通信の工場跡地)。
   これなぞ横浜で無くとも良い筈
   (自分は横浜市民ではありますが、本当にそう想います)。

 今や、どういう才が求められるのか、その才ある人をどうやって見つけ、確保し、活躍させる場を与えるのか、ホリエモンさん言うところの "他動力" に長けた経営者が勝者となる時代です。
 国内や米国だけに目を向ける事では無く、中国、インド、イスラエルには "ずば抜けた" ICT 技術者がわんさかいる時代で、カリスマ的存在を超高額給与で招聘し、こう言う方の下で腕を磨きたい若手を惹き付ける事です。
 彼ら彼女らは "東京信仰" なぞは持たない。

・・・と言うのは、行きつけ居酒屋さんでいつもお隣に座って戴ける若手 ICT 技術屋さんが、IOT 関連でドイツに出張され、彼の地の取り組みに触発された "心からの叫び" です。

ところで意味も無く "視点" を変えて:
 本場(?)の大阪からも "お笑い芸人" と呼ばれる方々がたくさん在京キー局詣でしています(TVはあまり観なくなったので勝手な推測です)。
 お笑いの場ですら東京?
 もっとも、そうして人気の出た芸人さんは "魂を売った" と揶揄されるそうですが・・・

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20170815:”再現” 問題から想い起こす事 [ただの私見]

 科学技術の分野では、条件が同一であれば、何時でも何処でも誰がやっても同じ結果を再現出来る・・・これが "前提" となって、研究結果を積み重ね発展してきました。

 これが "生命科学" の分野では崩れかかっているそうです(日経紙:2017年7月31日付け記事:”生命科学、揺らぐ信頼 「研究成果再現できず」 深刻”:署名記事=永田好生氏)。

 伝統ある海外の科学誌出版社が調べた所、70%超の研究者が再現出来なかった経験を持っていたそうだ(1576人:2016年)。

 でも、"僅か" な違いが結果を左右する事は生命科学の分野に限らない ・・・ との経験は研究分野に限らず、生産現場においても起こり得る事(、もしくは起こっている事)は、素材メーカーに勤めた技術系の人間であれば多くが経験している筈だと想います。

 この "僅かさ" が、技術者の力量不足で見逃している場合だけとは "限らない" のが現実で、問題を複雑にしている。

 工業薬品(製造者や銘柄によって、JIS基準は満たしているものの、産地由来の極微量不純物が異なる場合等)とか、工業用水(地域・季節によって含まれているコロイダル・シリカの形態・量が異なる等)等々のユーティリティを始め、生産プラントの材質とか溶接部分の経年変化(=劣化)に基づく超微量の金属イオン類等の流出等、場合によっては分析にも引っかからずに、気がつきようのない要因が "ゴロゴロ" 転がっていて、同じ素材が生産出来ない・・・等の場合もあるのですが(:現役時代、自分は "泣く程" 経験しました)、これは企業からは "門外不出" で、同業分野の "共通知" とはなっていないのも現実です。

 この様な事が製薬とか医薬、それに食品食材加工現場で起こると、とてつもなく大きな問題になる事を私達は過去に何度も経験しています。

 "忘れない事" に加えて、"信頼に足るメーカーか"・・・等と常に懐疑的に対処する ・・・ "自己防衛" はこれに限る・・・のが些か悲しくて寂しい話です(それにしては賞味期限とか消費期限に敏感で無い自分なのですが (>_<) )。
 皆様もお気を付けて。


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20170814:割烹・・・でも、自分は居酒屋カウンター [ただの私見]

 日経紙夕刊第一面左下囲み記事は "あすへの話題" と称しているが、本ブログと同じで "どうでも良いこと" を "名のある方々" が時間潰し(?)に書かれているもので、夕食しながら読むのであれば格好の記事で、気楽に読めるのが取り柄だ。

 大分前になるのですが、8月5日付けでは、伏木亮氏というお方(龍谷大学農学部教授)が "割烹の魅力" と題して、客の目の前で料理が造られ、料理人との会話を楽しむ魅力を書かれている。
 更に最近は海外でもこの対面方式が注目されている事も。

 地位があって収入の多い方々は、この種の割烹で料理と料理人との会話を楽しむのだろうが、良く考えれば(、実は考えなくともすぐ解る事なのだが)、こいつは居酒屋のカウンター席でご主人と喋りながらお酒と肴を楽しむのと同じだ。

 違うのは、こちらはお金がたいしてかからない事で、同じ店に何時でも何回も通え、自然と飲み友が出来る事だろうか(決して "しゃくに障って" 言っているのではありません。念の為)。

 自分には割烹よりもこちらがお似合いだ。
 ブログも無事に書けたし、今晩もこれから行くとするか!

追記:
 本ブログは、"にゃごにゃご様" のブログ:"猫ビーム:胡瓜と納豆" を拝読させて戴いた日(8月11日)に作成しました。
 行きつけの居酒屋ご主人にリクエストするつもりでおります。

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