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20170812:”ゴジラ俳優”  中島春雄氏逝く [故人を悼む]

 各紙訃報欄にひっそりと報じられていました。
 7日(月)、肺炎のため逝去。 享年88歳。

 新聞では "ゴジラを18年間演じた" としか書かれていませんでしたが、NHKラジオのニュースでは、ゴジラの歩き方を動物園で熱心に研究していた様子や、着ぐるみがめちゃくちゃに重く、暑く、体力の消耗が激しいとのインタビュー記録、また海外からのオマージュ等、結構詳しく報道していました。

 ゴジラのデビュー映画は、お袋様に連れられて池袋東宝館で封切りを観ました・・・と言うよりも、超満員・立ち見で、二回ほど入れの替わり後でやっと席にありつけて、都合 "3回" 観た覚えがあります(当時は指定席なぞなかった。早い者勝ち方式。館内に居続けて何回も観る事も出来た)。

 小学生時代で、核兵器観が織り込まれている事なぞ解りようもなく、ただただ巨大怪獣(:"怪獣" と言う用語があったのかどうか)が東京のド真ん中を踏みつぶす迫力に圧倒されるだけでした。

 最近の "シン・ゴジラ" に至る迄、ゴジラは国内・海外で奮戦し通しですが、自分には最初の衝撃を越えるものは無い様です。


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20170804:ジャンヌ・モローさん逝く [故人を悼む]

 オールド洋画ファンにとっては懐かしいフランスの女優 "ジャンヌ・モロー" さんがお亡くなりになった様だ。 7月31日@パリ市。 享年89歳。

 自分にとっては、ルイ・マル監督のデビュー作品:"死刑台のエレベーター" (1958年)が記憶に残っています。
 高校生の時で、とっくにつぶれてしまっている2or3番館の人生座@池袋@東京で格安で観た筈なのですが、若干25歳の監督がどうしてこんな大人の映画を仕上げる事が出来るのか、理解不能で、"格" というものを感じました。

 ミステリーものとしても必ず取り上げられる名作で、ご覧になっておられない方にはご鑑賞をお薦めしたいです。


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20170727:平尾昌晃さん逝く [故人を悼む]

 この7月21日にお亡くなりになった。 享年79歳。

 "ロカビリー3人男" といえば、平尾さんと山下敬二郎さん(故人)、それにミッキー・カーチスさんのお三方で、60年近く前、日劇で開催されたウェスタン・カーニバルでのファンの狂信的な迄の熱狂ぶりが今でもTVで流される時があります(今時、"ロカビリー" を知っている方がどれ程おられるのか解りませんが、これは "ロック' ン' ロール+ヒルビリー" の "米製米語" であります)。

 山敬さんはロカビリー一筋に近かったですが、ミッキーさんは役者の路へ、平尾さんはその才能を曲造りで開花(自分の好みとは乖離がありましたが・・・)、3人3様の人生を見せてくれました。

 "星は何でも知っている" と "ミヨチャン" が好きで、いつも口ずさんでいた高校同級生がいたなぁ・・・
 8月にあるクラス会で話題になるに違いない。

 今年に入ってからだったと想います。
 TVインタビュー(?)に登場された時は、何かしら小さくなられた様な気がして、声も細く、健康どうなのかな・・・と想っていましたが。

 何方にも人生には "山あり谷あり" ですが、平尾さんでさえ一次は失意も経験された様です。
 自分とほぼ同じ時代をご活躍された平尾さんのご冥福を。
 黙礼。

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20170724:日野原重明氏逝く [故人を悼む]

 この7月18日にお亡くなりになった。享年105歳。
 既に新聞・TV・ラジオ等でその人柄と功績を惜しむ声が今でも多数伝えられ続けている。
 生涯現役医師を貫かれたというのも凄いお方だ。

 自分は時々の報道でしか存じ上げないお方でしたが、この方に限ってお亡くなりにはならない方だと勝手に想っておりましので、訃報はとても重いものでした。

 文字通り、別格の人格者/"super Japanese" とも言うべきお方がおられた事自体に驚くばかりで、ただただ黙祷するのみです。
 ご冥福を。


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20170625-2:小林麻央さん逝く [故人を悼む]

6月22日、家族に見守られながら逝去。 享年34歳。

 自分は報道番組 NEWSZero のアナウンサー時代を見ていないし、また歌舞伎を観る習慣が無いので全く知らないお方でしたが、強く生きる決意から闘病生活を綴ったブログを公開されて以降、関心を持っておりました。

 著しく治療成果があがっている現在であっても、ガンとの戦いは、自身は勿論、家族も大変な想いを抱えながら完治を願って時を過ごしているのが実情でしょう。

 お若いのになんと強い心を持った方だろう・・・と想っていました。
 自宅療養に切り替えた・・・とのブログから、“若しや?・・・” と懸念していましたが、残念な結果です。
 ご本人もご家族皆様もさぞや無念でしょう。
 ご冥福を。
 黙祷。


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20170624-2:野際陽子さん逝く [故人を悼む]

 このブログ、遅きに過ぎましたが、この6月13日に逝去。 享年81歳。

 自分等の年代にとっては、NHKアナウンサーを経て司会・役者としてご活躍された事、特に "キイハンター" でのアクションが記憶に残っています。

 訃報や偲ぶ報道によれば、随分とたくさんの TV ドラマに出演されておられましたが、自分にとっては、"浅見光彦シリーズ" とか "トリック" 等の "軽め" のミステリードラマで、主人公の母親役を、どこか山の手奥様風に上品に、かつユーモラスに演じておられた事を覚えています(除く: "冬彦さん" ドラマ・・・勿論自分は観ていません)。

 またしても名優が逝かれました。
 しばし黙祷。

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20170621:A.ウェスト氏(=TV版バットマン)逝去 [故人を悼む]

 新聞では気がつかなかったが、ネットニュースで1960年代後半のTVドラマ:"バットマン" の主役を務めた A.ウェスト氏逝去の報を見かけた(ちょっと前の事:6月9日)。
 享年88歳。

 "バットマン" と言えば M.キートンの映画が直ぐに思い浮かび、ジョーカー役 J.ニコルソンの怪演を想い出す。
 TV 版のバットマンは完全な子供向けドラマで、CGのない時代だからだろうが、映画の様な空を飛ぶ場面等、ダイナミックな動き等全く無かった様に記憶している。

 何時だったか、自分と同年代の米国人(男)と居酒屋で飲んだ時があって、自分の小学生時代はたくさんの米国 TV ドラマが放映されていて、その例を挙げていったら懐かしがっていました。

 彼はダン隊長率いる ”ハイウェイ・パトロール” が贔屓だったとか(確かNHKTVだったなぁ)。
 こっちは "ローハイド( "Rawhide" の発音が難しかった!)。

 その折り、"スーパーマン" の話はでたが、バットマンはどうだったか。
 米国人にとっては、私らの ”月光仮面” の様な存在だったんだろうか?
 いつも顔を隠し、同じ様な敵役がいるなんぞ、そっくりだが・・・


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20170528-2:R.ムーア氏逝去 [故人を悼む]

 第3代目J.ボンド役でならしたR.ムーアさんが静養先スイスで亡くなった。
 享年89歳。 結構なご高齢だったんだなぁ。

 ボンド役を退いてから30年前後経っている筈だから、還暦近く迄あの機敏な若々しい役回りを演じていたんですねぇ・・・感心します。
 引退後は国連親善大使で慈善活動されていた様で、こういう点立派だなぁ。
 ますます感心しました。

 ボンド役では、初代S.コネリー氏(7作品)、2代目G.レーゼンビー氏(1作品のみ)、第4代T.ダルトン氏(2作品)、第5代P.ブロスナン氏(4作品)、今は第6代D.クレイグ氏(現時点で4作品)と続いていますが、自分はボンド役としては第4代目が、作品としては初代による ”ロシアから愛を込めて” がお気に入りです。

 ムーア氏ボンドものは7作品もありながらTVでしか観ていなかったのが、今では少し済まない気がします。
 楽しませてくれた役者さんに黙礼です。



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20170523:日下武史さん逝去の報で想い出す人 [故人を悼む]

 劇団四季の創立者の一人である日下武史(くさか たけし)さんが去る5月15日に静養先スペインで亡くなった(5月17日付各紙)。 享年86歳。 黙礼。

 共に劇団四季を立ち上げた浅利慶太さんのコメントが掲載されていましたが、このお二人の名を見ると、浅利氏の奥様でもあった 影 万里江さん(1981年2月28日逝去:享年45歳)を想いだします。

 ご存知の方は今では数少ないと想いますが、それはそれはお綺麗な方で、オンディーヌとかオフィリアを演じた劇団四季主演女優(キャスターとして活躍されている小谷真生子さんは姪御さん。美形遺伝子をお持ちの家系の様です)。

 1978年には TV ドラマ「悪女について」(原作:有吉佐和子。TV朝日)の主役を演じた事もありました(年代:WikiPediaを参照)。

 “キンピラ先生青春記”(?)という他愛のない TV ドラマでファンになり、以後、劇団四季で活躍する様を観ていた自分を想い出します。
 芝居を観る事から遠ざかってしまったせいか、こういう心を打たれる女優さん、最近見ないなぁ・・・


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20170414-2:ペギー葉山さんの逝去を悼む [故人を悼む]

 このブログコーナーでも何名かの方が紹介されていますが、ペギー葉山さんがこの4月12日にお亡くなりになりました。 享年83歳。

 履歴の詳細は WikiPedia 等をご参照戴くとして、自分にとっては、おふくろが例の "南国土佐を後にして" が好きで、よくラジオでこの歌が流れていると、じっと聴き入っていた事を想い出します。

 おふくろは鳥取県出身でしたが、倉吉の女子高を卒業して、何か伝手か縁があったのでしょう、上京して当時の逓信省に勤めていたそうで、"遠すぎて滅多な事では故郷に帰れなかった"。

 東京まれの自分には理解出来なかったのですが、"山陰とは違いながらも土佐は東京からははるか西方にあり、何となく近しい感じ" を持っていた様でした。
 現役の頃の自分等にとっては、ペギー葉山さんの "学生時代" は飲み会流れのカラオケで誰かしら必ず歌った記憶があり、次は必ず "森田公一&トップギャラン:青春時代" がお決まりでした。

 最近ですが、NHKラジオ深夜便で "おもいでの岬"(2016年10-12月)をぼんやり聴いた事があり、偶然でしたが、2016年11月6日の同番組で "芸の道輝き続けて" と題するロング・インタビュー、更にまたこの3月13日深夜3時からは追悼の番組を耳にしました(以上の期日・時間帯・題目の確認出所:NHKウェブサイト)。

 "おもいでの岬" はしっとりとした印象で、先になくなられたご主人(根上淳さん)の事を想いながらの歌だったのでしょうか。

 自分の好みは洋楽で、ペギー葉山さんの歌はどこか "海の向こうっぽい" 感じを受けていましたが、田辺靖雄さん(一般社団法人日本歌手協会・会長)が
   「 戦後日本に軽音楽を通じて、洋楽・ポピュラーソングのバターの香り
    私たちに教えてくれた大きな存在の歌手でした。・・・」
と讃えております(同協会ウェブサイトより)。

 黙礼。


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20170408-2:大岡 信氏を悼む [故人を悼む]

 大岡 信氏が逝去された(2017年4月5日:享年86歳)。

 このブログ・コーナーでも何名かの方が悼みのブログを紹介しておられます。

 ところが、恥ずかしながら自分はこの方を全くと言って良い程、存じ上げないのです。
 家内から聴き及び、更にネットでいろいろと調べてみると、詩人として、評論家として大変優れたご活躍をされていた事を始めて知った次第です。

 "評論家" とは、"評論" とはかけ離れた粗探し・ケチづけ等、 "批判" だけで、前向きの議論をしない人達と想っておりましたが、このお方は違っていた様で、自らの考えを行動に移すお方でもあったようですね。

 早くから知っていれば・・・とこの歳になって悔やむのです(もう少し "まし" に成長していたかも)。

 朝日新聞紙に 「折々のうた」 を1979年から2007年に渡って連載されていたそうで、自分はその当時は購読紙だったので眼にしていた筈なのに、文系の才皆無であり、理工系の記事しか関心が無かった事もあって見逃していたのです(家内は読んでいた様だ)。

 つくづくもったいない事した・・・と想う次第です。

 この様な偉大なお方が逝去された事を心より悼む次第です。


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20170320-2:C.ベリーさんの逝去を悼む [故人を悼む]

 ネットニュースで知りました。
 18日(現地時間@米国)に死去されている事が発見されたとの事です(詳細不明)。
 享年90歳。

 自分の様な年齢の洋楽ファンにとっては、メイベリーン(1955年)、ロール・オーバー・ベートーベン(1956年)、ロックン・ロール・ミュージック(1957年)、そしてジョニー・B・グッド(1958年;グッド= "Goode" です)等の "ロックン・ロールの古典" が懐かしい想い出です。

 特にジョニー・B・グッドはE.プレスリーは無論、数え切れない程の方々がカバーした版も知られていますし、我が国では "キャロル"(リーダー:矢沢永吉さん)のオリジナル持ち歌とも捉えられていた程です。

 この曲については、"バック・トゥ・ザ・フューチャー_1" (1985年・米)で、1955年へタイプ・スリップし、当時の高校ダンスパーティーの席で主人公が即席にギター演奏し、それをバンドの仲間がC.ベリーに電話で聴かせて、新たなリズムが3年後に生まれたとの "パラドックス" を描いていたのが有名です。

 1950年代は未だ人種差別が厳しかった時代の米国で、新しいリズムを切り拓いていった苦労は大変な事だった模様です。
 昨晩は、"YouTube" のおかげで様々な時代のジョニー・B・グッドを見聞きする事が出来ました。
 時代の流れを痛感します。
 またもや自分の青春時代の一つの想い出が旅立ちました。
 黙礼。

 付記:年代確認の為、"WikiPedia" を訪問しました。


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20170318-2:渡瀬恒彦さんの逝去を悼む [故人を悼む]

 既にこのブログ・コーナーでご紹介されています様に、この3月14日にご逝去されたとの事でした。 享年72歳。

 数多くの映画で活躍され、またTV ドラマのシリーズものの主役を演じておられた事は皆様ご存じの通りです。
 映画では ”南極物語”、特にタロ・ジロとの再開場面が、TVドラマでは十津川警部ものの中で ”寝台特急殺人事件”(2009年)、それにシリーズ50作記念:”消えたタンカー”(2013年) で渡哲也さんとの兄弟出演された事が記憶に残っています。
 どれもお人柄、特に真面目さが旨く活かされた作品なのでは・・・との印象です。

 随分とお若く感じていましたが、自分とそんなに違わない事に驚きました。
 常に注目され、主役を演じ続ける事で若さを保っておられたのでしょうか。
 黙礼。


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20170304-2:ムッシュかまやつさんの逝去を悼む [故人を悼む]

 既に数多くの方々のブログでご紹介されています様に、この3月1日に療養中のところご逝去されたとの事でした。 享年78歳。

 自分が改めて申し上げる事は多くは無いのですが、1950年代後半に当時流行っていたカントリー&ウェスタンを歌われ、後にザ・スパイダースに加入して活躍されていた事はオンタイムで眺めていました。
 ボーカルご担当でありながらし、どちらかと言うと少しばかりシャイで、堺正章さんや井上順さんの方が表に出てきていた様に記憶しています。

 "我が良き共よ" の通りのバンカラ風が伝えられていた場合が多かった様ですが、実は生真面目な方だったのでは・・・そんな印象の方が自分には強いです。
 もう一つ、自分よりご年配であった事には気がついていませんでした。
 黙礼。


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20170226-2:鈴木清順氏を悼む [故人を悼む]

 この2月13日に療養中のところお亡くなりなっていたと各紙23日付けで伝えています。
 享年93歳。

 各紙記事では、等しく代表作 ”ツィゴイネルワイゼン” を挙げて追悼しておりますが、自分の年代だと、最初は日活時代の二番目監督(*)のイメージが強く、次いで同社解雇後大分経ってから監督復帰、俳優としても TV ドラマや映画の "ちょい役" 出演(所謂 "友情出演" と言うヤツ?)、更にアニメ ”ルパン三世” に関わった事等、よく言えば "多岐にわたった創作活動" を、有り体に言えば "何でも屋" の感じを受けていました。

(*)今のお若い方々は信じられないでしょうが、大昔、映画は2本立て上映が普通で、本命で客を   集め、二番手で時間を潰す・・・といった感じでした
  (映画を観る事が最大の娯楽の時代です)。

 しかし自分のこの見方は的を外しておりました。
 海外の映画関係者の作品のとらえ方は全く異なり、異常な迄の関心・尊敬を受けておられた様です。
 北野武さんもそうですが、国内以上に海外で評価の高い方々に共通する点は、批評家等の言い分に惑わされずに、自分の信念をぶれない迄に確立している事の様に想われます。

 恐らくは、"批評"・"評論" とは名ばかりで、実態は体の良い "批判"・”ケチつけ” に留まっていると受け取れる程に、自己実現に自信をお持ちなのでしょう。
 それこそが、海外で彼等の心に共鳴するのでは・・・(←自分には解りようもありませんが)

 それにしても、海外で評判を取ってから我が国でも評価されるパターンは何とかならないのか・・・ 他人の目を常に気にして、最初に異見を出すのが難しいムラ社会では無理なのか?・・・と気に病んでおります(少し論理が飛躍し過ぎ・・・ですネ?)。

 自分は代表作とされる ”ツィゴイネルワイゼン” を鑑賞しておらず、何も言う資格はありませんが、"肉体の門" は二番目映画とは想えなかった記憶があります。
 年代確認の為に WikiPedia を訪ねたら、”ツィゴイネルワイゼン”は1980年、"肉体の門"は1964年公開でした(1980年代は現役真っ盛りで自由時間に乏しく、一方1964年は "学生時代" でした)。
 黙礼。


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20170218-2:山中毅氏の逝去を悼む [故人を悼む]

 2月15日付け各紙でひっそりと逝去が伝えられていました。
 10日逝去。 享年78歳。

 五輪自由形水泳メダリスト・入賞者で、メルボルン大会(1956年;400&1500m銀)、ローマ大会(1960年;400m&800mリレー銀)、東京大会(1964年;400m6位)の輝かしい成績を残しています。
 ローマ大会の後は不調が続く一方、東京大会への期待が大きく、胸毛・腕毛・脚毛を剃る迄に追い込まれていたとの報道を覚えています。

 最近の日本水泳陣の活躍は目覚ましい限りですが、先陣の活躍も忘れたくはありません。
 黙礼。


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20170126:松方弘樹さんを悼む [故人を悼む]

 闘病中であったが1月21日に逝去された(享年74歳)と知った。 実録物は観ていないが、豪快な時代劇を演じた俳優であるにも関わらず、タケシさんのバラエティ番組に出て、白っぽいハンカチで汗を拭く仕草が何とも剽軽な人柄を醸し出していたと記憶している。 自分は現役真っ盛りの頃で、1990年代のTV時代劇で "遠山の金さん" を演じていたのは知らないが、趣味の釣りで、巨大なまぐろを仕留めた記録を観た覚えはある。 うれしそうな笑顔は無邪気そのもので、奥様とお別れになった舌禍事件等、とても信じられなかった。
 "遠山の金さん" と言えば、東映時代劇の二枚看板の一つで(今ひとつは、市川歌右衛門さんの "ご存じ旗本退屈男")、片岡知恵蔵さんのシリーズ物だったが、偶然にも最近NHKBSで放映されていた。 大川橋蔵さんも出演していたが、その美男子ぶりは今観ても凄い。 中村錦之助(後の萬屋錦之介)さんを始め、往年の東映時代劇スターはもう殆どいない。 当時、一番の若手組だった里見浩太朗さんや、更に若い北大路欣也さん等が、今では署長だったり外務大臣だったり、好々爺を演じて頑張っておられるのが頼もしいものの、時間だけは誰にでも等しく流れ、寂しい限りです。 とはいえ、居眠り磐音江戸双紙で主役を演ずる山本耕史さんの様な時代劇が似合う若手も出てきて、期待はしています。
 松方弘樹さんへ黙祷です。


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