So-net無料ブログ作成
故人を悼む ブログトップ
前の20件 | -

20180609:朝丘雪路さん逝く [故人を悼む]

 原稿だけは早く仕上がっていたのだが投稿するのが遅れてしまった。
 4月27日に逝去。享年82歳。

 俳優・歌手・舞踏家として活躍されていたが、自分等の年代層では例の "11PM" の名司会者振りが想い出される。 わざわざメイン司会者に調子を合わせておられていたが、"育ちの良さ" は隠しおおせていなかった印象を受けていました。

 それに今ひとつ。
 父君が伊東深水氏(日本画家)で、そのお弟子さんに岩田専太郎氏がおられた事が想い出される。 この方は挿絵画家として第一人者の時代が長く続き、自分は松本清張氏が東京新聞に時代小説:"かげろう絵図" を連載された折のしっとりとしながらも "艶" のある挿絵が未だに記憶に残っているのが不思議と言えば不思議。
 訃報(2018年5月21日付け夕刊各紙)に接した時、思いも寄らない方々を想い出しました。
 黙礼。


共通テーマ:日記・雑感

20180601:西城秀樹さん逝く [故人を悼む]

 つい先日多くの方々が葬儀に参列されている TV ニュースを観たばかりです。
 既にお悔やみのブログが多数・・・でも自分なりのを。
 2018年5月16日逝去。享年わずか63歳。

 自分は、所謂 "歌謡曲" は苦手で聴かないが、この方の "カレーのCM" と "YOUNG MAN(Y.M.C.A)" はよく知っている。

 YOUNG・・・ の原曲はディスコ・グループ "Village People"(米)によるもの(1978年)で、本国でも大ヒットしていたと記憶している(以下も含めて年代は WikiPedia で確認)。

 "Y.M.C.A" の本来は、キリスト教的博愛精神に基づく青年協会の事で、全米に広く宿泊施設を所有していて、"相部屋" もあったそうだ。 そこで本国では "ゲイ" の利用が多いとされていて、Village People 自身もその方面かと揶揄されていたらしい。

 ところが、新たな日本語歌詞が付けられ、西城秀樹さんが活動的な振り付けと一緒に歌い上げると、一変して若者等の明るい将来を賛美する歌となった。 時は正しく1979年で、我が国は何もかも上昇気流に乗っているかの様な時代ともマッチしていたのだろう、超特大ヒットになったのでした。
 西城秀樹さんご本人のキャラクターもあったのだろう、本家を越えた "明るい歌" として定着したとの印象です。

 にもかかわらず、脳梗塞を二度も発症して、辛いリハビリを経て奇跡的な復帰をなさっていた折りの若すぎる訃報でした。
 ご冥福を祈るばかりです。
 黙礼。

共通テーマ:日記・雑感

20180508:”鉄人” 衣笠さん逝く [故人を悼む]

 多くの方が追悼ブログされておられますが、やはり自分なりにも。
 衣笠祥雄(さちお)さん逝去。2018年4月23日。享年71歳。

 この日、少し気合いを入れたウォーキングから帰ってきたら直ぐに我がワイフ殿から 「TV見てッ!」 って。 訃報が流されていた。

 自分よりも若い方の訃報そのものが辛いのだが、"鉄人" とも言われた強健の方が病に倒れるとは・・・
 今や、特殊な進行性でさえ無ければ "がんは早いモン勝ち"、つまり "早期発見・早期治療" が一番の筈だが、そうはいかないご事情があったのか。

 自分はあの "凄まじい応援" がそもそもの苦手、それに3.11福島原発メルト・ダウンの為に関東地区が計画停電の真っ最中にプロ野球セ・リーグ開幕戦を強行しようとした "読売巨人軍への反発" が今も消えずにプロ野球への関心からは縁遠く、特段の贔屓チームもない(但し昨季日本選手権では我が横浜市の "DeNA" を応援していました)。

 が、社会人なりたての頃、製造現場研修で1~2年程を広島県最西端地区の工場勤務した事があって、"広島カープ" の事はそれなりに知らされていた。

 何せ地元の方の応援の凄さは今程ではなかったかと想うが、かり出されて球場(←下り新幹線広島駅到着直前、左側に垣間見えた古い球場)に出かけた事も何回かあった。
 帰路、一時間をかけた山陽本線下り鈍行の中でお酒の味を覚えた事も今では懐かしい。
 そう、その頃のチームは負けが圧倒的に多かったのです。

 訃報関連記事では、連続出場記録を持つカル・リプケン選手からの 「友人として誇りだった」 とのコメントが自分には秀逸だったように想えます。
 メジャー・リーガーの記録が日本プロ野球選手に破られると、いつもは "けなしのコメント" が伝わってくるのが普通だが、この場合は逆だ。
 しかもそれを越えた心情が伝わってくる様に受け取れました。
 二人とも記録更新を続けていた幕引き間近の折、"自分の記録だけ考えて出場している" との批判を受けていた筈で、互いに心の底で "そんなんじゃ無い" との "共感・共鳴" するモノがあったのでしょうか。
 ご冥福を。


共通テーマ:日記・雑感

20180405:内田康夫氏逝く [故人を悼む]

 既に追悼ブログが投稿されておりますが自分なりに。
 先の3月12日に逝去(訃報記事は2018年3月19日付け各紙だった)。
 享年83歳。

 何と言っても放送局同士が競うかの様な "浅見光彦" シリーズが有名だ。
 他に "信濃のコロンボ"(原作題名:竹村岩男)シリーズもある。

 各地に伝わる伝説を絡めた事件の扱いが極めてTV向きドラマに仕上がっていて、ファンが多い様だ。
 旅と伝説のルポライターとして各地を巡る中で殺人事件に遭遇し、首を突っ込むと地元警察から睨まれ、時には拘留もされてしまう。
 が、身元が警察幹部の実弟と解ったとたんにヘイコラする急変の様子が例の "水戸黄門の印籠場面" と同じところも高視聴率の由縁かも?
 これはこれで如何にも一つの "和風ミステリー" ではなかろうか(勿論、観光名所を一巡りする海外ミステリーもある)。

 光彦を演じた役者さんも多数いて、今でもBSで大昔のシリーズが時に放送されている。
 兄が警察幹部、生活に苦労のない良家の次男坊の身分だから、自然と "育ちと品" の良さと "生活苦を知らない甘っぽさ" が醸し出る役を演じなければならない。
 網羅的に観た訳ではありませんが一番は "榎木孝明" さん、次いでシリーズ最多出演の "中村俊介" さんだと自分は感じている(何と、こちらのシリーズでは榎木孝明さんは光彦の兄役だ)。
 一番遠い存在は今や杉下右京役だ(肝心の "品格" がなぁ・・・ファンの方申し訳ありません m(_ _)m )。
 以上は独断に過ぎません(あしからず)。

 中村俊介版光彦シリーズは、先月29日放送:"浅見光彦殺人事件"@フジTVが最終となっていて、これは原作自体は少々複雑な筋書き(別立て2事件の知識が前提になっている)が、ドラマではどうかな(実は録画しっぱなしで観ていないのです)。
 病気療養中との事で、小説版光彦最後の事件では解決編を公募する事で話題になり、自分もブログした事がありました(*1)
 ご冥福を。
-----
ご参考(自分のブログです):
 (*1)“20170412:名探偵・浅見光彦” さん最終話完結編は公募らしい


共通テーマ:日記・雑感

20180330:S.ホーキング博士逝く [故人を悼む]

 図らずも "円周率の日(3月14日)" に逝去された。享年76歳。

 一般相対性理論との関わりの中で宇宙論、それも量子宇宙論のずば抜けた開拓者とされ、ブラックホールに関わる理論で広く知られたお方だ。
 但し、彼の理論を正しく理解出来る方は専門家の中でもそう沢山はいない・・・とも(世界で100人いるのだろうか? 勿論、自分は理解出来ていませんとも)。

 英国の至宝とされ、栄誉ある賞を多数受けておられるが、彼の理論の多くが実証が極めて困難である事からノーベル物理学賞受賞には至らなかった。
 ノーベル賞側の規定による限界ともされるが、既往の受賞者と同等、むしろそれ以上の見識・学識の持ち主とされる。

 オックスフォード大学ユニバーシティ・カレッジ(入学年:1957年⇒卒業年:1962年)を経てケンブリッジ大学へ移り物理学を専攻されたので、オックスフォード在はあの若かりし刑事E.モースよりも若干早い(*1)
 2001年に来日された事もある。

 お身体が不自由であったにも係わらずユーモアのセンスも類い希なお方だったそうだ。
 自分と同じ歳にもかかわらず、同じ人間でここまで知能の差があるのかよっ! ・・・ と "しょぼくれた" 事もありました。
 ご冥福を。
-----
以下ご参考(自分のどうでも良いブログです):
 (*1):20180317:”若かりしモース” にはまっている


共通テーマ:日記・雑感

20180315:左とん平さん逝く [故人を悼む]

 先月24日に逝去。享年80歳。
 
 大杉漣さん逝去に隠れるかの様にひっそりと報じられましたが、自分等の様な年代層には昔から馴染みある "不思議な" 役者・芸人さんでした。
 ポーカー賭博事件で世間を騒がせた事もありましたが、"変てこな歌" をヒットさせたり、舞台とかドラマでは軽妙な味わいを得意とされていました。
 最近は葬儀のTVCMでしかお目にかかっていなかったが・・・
 病気療養中との事でした。
 黙礼。


共通テーマ:日記・雑感

20180310:大杉漣さん逝く [故人を悼む]

 既に多くの方々が追悼ブログを投稿されておられますが、それも落ち着いた様に想えましたので自分なりのを。
 2月21日逝去。享年66歳。
 皆様ご指摘の通りに余りに若過ぎるご逝去です。

 映画やTVドラマ等の常連になる迄に随分と長い間ご苦労された様に聴いた事があります。
 我がワイフ殿の話では、例の "相棒" の最近のシリーズでは警視庁副総監役を演じておられたとの事で、それじゃぁ、自分が大嫌いな杉下右京をこてんぱんにやっつけて欲しかったのに・・・と思わず不埒な想いを抱いた次第です。

 自分としては、北野武監督作品:"HANA-BI" の役どころが印象に残っているのですが、手元にある "テロパラ" を再度見て(*) 、ホットドッグ好きで巨人ファンの刑事崩れのやくざを演じた大杉さんを偲びました。
 ご冥福を。

  (*):20171108:久しぶりに ”テロパラ” を観た


共通テーマ:日記・雑感

20180228:古在由秀(こざいよしひで)氏逝く [故人を悼む]

 大分前になりますが、天体力学で画期的な業績を残された古在氏が逝去された(2月5日。享年89歳;2月13日付け各紙朝刊訃報欄)。

 人工衛星の精密な軌道計算式( "コザイの式" )を構築し、すばる望遠鏡@マウイ島(ハワイ)の建設にも多大な功績を残し、初代国立天文台長にも就任されていた。

 理工系に進んだ方の多くは小中学生の時代に天体を優しく解説した本を読んで、天体に、そして宇宙の成り立ちに思いをはせた事があろうかと想います。
 自分もそうでしたが、この分野とは遠い方面に進んでしまっていた。

 訃報に接し、古在氏が執筆された新書等はPDF化して不埒にも処分してしまっていたが、改めてPDF版を読み直して、昔を振り返っていました。
 黙礼。

共通テーマ:日記・雑感

20180209:論客 西部邁(すすむ)氏逝く [故人を悼む]

 追悼しておられたブログがありましたが、自分なりのを・・・
 "保守" の際だった論客として知られていたが、あろう事か、多摩川@大田区(東京都)に入水して死去されたと報じられた(2018年1月21日;22日付け各紙訃報欄)。
 享年78歳。

 一言で保守といっても、このお方の意味するところは、歴史観を含めた哲学そのものであって、いわゆるよく言われるところの "右翼" とは全く異質で、"深すぎて" お考えの一致する方は少なかった様に自分には想えます。

 多くの著作を残されておりますし、公開討論会とかシンポジウム、更にはTV番組にも出演されて繰り返し発言されておられますが、数年前に奥様をお亡くしになり、"覚悟" をお決めになっていた様で、ご自分でご自分の未来を決する意味を込めて "自裁死" を選ぶと言われていた様です。

 うろ覚えなので怪しいですが、明治の文豪では森鴎外よりも夏目漱石をお好みだった(?)と記憶していますが、当時の西欧文化に追いつけない日本を諦めた "諦念" と同じ心情を今の日本に抱いていたからこそ、同じ森鴎外を避けたのでは・・・とは自分なりの愚考です。

 僅か2週間程前にインタビューされた毎日新聞記者の方の追悼記事がウェブに掲載されていて、その時の様子からは "信じられない" ・・・ とありました。
 黙礼。


共通テーマ:日記・雑感

20180207:P.メイル氏(英国・作家)逝く [故人を悼む]

 昨日に続き故人を悼みます。
 1月18日に逝去との訃報を発見(各紙:2018年1月20日付け各紙訃報欄)。
 享年78歳。

 多くの方はご存じ無いと想いますが、1980年代後半に突如、"リタイア後は南フランスの田園暮らしを人生最高の理想" とする一大旋風が欧米に吹き荒れた事があった。
 英国生まれのP.メイル氏が広告業界を若くしてリタイアして南仏プロヴァンスに移住し、其処での日常生活をまとめた "南仏プロヴァンスの12ヶ月" なるエッセイ集が世界中で大ヒットした事による。

 自分も邦訳版を読みましたし、女性向きの華やかな雑誌が特集を数多く組んだ事を覚えています。
 その頃の自分は現役真っ盛りの頃で、リタイア後の生活等考える余裕もありませんでしたが、食材・食事や催事、人と人、人と自然の繋がり(3.11以降は "絆" と呼ばれる事が多い)等、羨ましい限りの印象でした。

 田園生活とはかけ離れていますが、それこそ狭いながらも我が家での今の横浜北部丘陵地帯の生活も満更では無い想いです。
 黙礼。


共通テーマ:日記・雑感

20180206:夏木陽介氏逝く [故人を悼む]

 1月14日に病死されました(各紙:2018年1月19日付け各紙訃報欄)。
 享年81歳。

 自分等の年配者とかクルマ好きの方を除けばご存じ無い方々の方が多いかもしれませんが、TVの学園や刑事ドラマに加えてパリダカ・ラリーにドライバー及び監督として活躍された。

 何と言っても刑事ドラマは "Gメン75" で、丹波哲郎氏を真ん中にして滑走路に横一列に7名が並んでこちらにやってくる場面が "売り" でした(どんな話だったか、すっかり忘れていますが・・・)。
 "何故並んでいるんだ? 飛行機が来たら危ないじゃないかっ!" ・・・ なんて、野暮な事は誰も言わない時代でした。
 黙礼。


共通テーマ:日記・雑感

20180119:星野仙一さん逝く [故人を悼む]

 遅ればせながらの自分なりの追悼です。
 この1月4日にお亡くなりになってしまった。
 享年70歳。

 自分は野球はやらないし、余り観戦もしない方だが、この方が中日ドラゴンズ時代の闘志溢れる名投手振りは知っている。
 どういう訳か息子がドラゴンズ・ファンで、監督時代の事も良く知らされていたが、正直申し上げて "審判に怒っている" 印象しか残っていない(ファンの方々へ:申し訳ありません m(_ _)m )。

 が、東北楽天ゴールデンイーグルスの監督時代には2013年に東北に始めての日本選手権優勝をもたらせた時、我がワイフ殿、里は福島県中通りながらも東北と言う事で我が事の様に喜んでいたのが昨日の様で、胴上げされる姿を覚えています。

 70歳とは "若い" 旅立ちです。
 黙祷。

共通テーマ:日記・雑感

20180108:”ローターリーエンジン生みの親” 逝く [故人を悼む]

 山本健一氏が昨年12月20日に亡くなられた(各紙2017年12月26日付け訃報欄)。
 享年95歳。

 天寿を全うされたのだろうか。
 技術系人間にとっては、理想的なエンジンとされながらも不可能と言われていた "ローターリー・エンジン" の量産実用化(マツダ)に成功された(1967年)伝説の方だ。

 当時のマツダ自動車は独特のフォルムをしていて、ローターリー搭載車はクルマ好き若者のあこがれの一つだった(自分には手が届かなかった)。

 米国で燃費が騒がれだし、当時、レシプロ対比で不利だった事が惜しかったです。
 黙礼。

共通テーマ:日記・雑感

20171217:はしだのりひこ さん逝く [故人を悼む]

 既に何名かの方がブログされておられますが、改めて自分なりに。
 12月2日に病死されました。 享年72歳。

 かって自分は R&R とか R&B の方の好みで、E.プレスリー 一辺倒でしたが、同世代でもあり、日本のフォークの世界を切り拓いていく姿を見知ってはおりました。
 "帰ってきたヨッパライ" を始め、当時の "風" とか "花嫁" ・・・今では YouTube で鑑賞が出来、ここしばらくは我がワイフ殿と静かに偲んでおりました。

 "この世代の方々が逝くのは辛い" ・・・ と、あの歌手小林幸子さんがインタビューで言われていましたが、その実感、解りますとも。
 自分よりも若い方の場合には特に・・・
 黙礼。

共通テーマ:日記・雑感

20171107:F.ドミノさん逝く(R&B+ロック歌手) [故人を悼む]

 新聞記事の切り抜きをしていたら、懐かしいR&B(リズム&ブルース)+ロックの先駆者の一人 F.ドミノさんの顔写真付き訃報記事を見つけた(自然死、つまり老衰でしょうか。享年89歳:各紙10月26日)。

 "F" は "Fats;ファッツ"。
 本来の意味は "脂肪"、これから転じて太った方の "愛称" の様な形で、映画ハスラーなんかでも "ミネソタ・ファツ" 等と、昔はよく使われていたと聴いています(今は "禁句" になっているそうですが)。

 今年の3月にはC.ベリーさんも亡くなっており(*) 、ロックの先駆者の皆さんもそういうお歳になっているんですねぇ。
   (*):"20170320-2:C.ベリーさんの逝去を悼む"

 "(ロック)殿堂" 入りしていますが、自分としてはR&B調の "ブルーベリー・ヒルズ" が好みで、ドライブ中にたまに聴きます。
 確か、E.プレスリーさんと一緒に歌っていた事があったような・・・
 黙礼。

共通テーマ:日記・雑感

20171101:早川東三氏(ドイツ語・ドイツ文学者)逝く [故人を悼む]

 10月15日(日)逝去。享年88歳。ドイツ語・ドイツ文学者。
 学習院大学名誉教授。

 直接のご指導を受けた事はありませんが、第一外国語としてドイツ語を選択した者の間では良く知られた方で、学生向きに編纂された辞書や常用語句辞典、NHK教材の他、多数の洒落たエッセイ等、よく読んだものです。

 全くの偶然ですが、フランス文学者で、同じ学習院大学名誉教授の篠沢秀夫氏がこの10月26日に逝去されました(享年84歳)。
 こちらはTV番組(クイズダービー回答者)で広く知られていた方で、多数の著作を著されていますが、残念ながら未読。

 ドイツ語・フランス語に関わる "名物(?)教授" が、期せずしてほぼ同時に逝去された偶然に少なからず驚きました。
 お二人に交流はあったのかしら?
 黙礼。

共通テーマ:日記・雑感

20170911:土屋嘉男(つちやよしお)さん(黒澤映画名脇役)逝く [故人を悼む]

 9月6日付け各紙に、本年2月8日に病死されていたと報じられていた。享年89歳。

 偶然にもつい最近、 "七人の侍"(黒澤明監督)を観ていたので、少なからず驚きました(何回観ても飽きない)。
 村で傭う侍捜しの農民役で、自らの女房を野党に拉致された役柄でしたが、黒沢ものでは妙に存在感がある名脇役だったと受け取っています。

 円谷監督特撮ものでも活躍されていた珍しい役者さんでした。
 映画や芝居は、こういう存在感がありながら、主役を喰わない様に演技する脇役がいないと深みが無いですよねぇ。

 半年以上も前にお亡くなりになっていたとは。
 ご冥福を。


共通テーマ:日記・雑感

20170812:”ゴジラ俳優”  中島春雄氏逝く [故人を悼む]

 各紙訃報欄にひっそりと報じられていました。
 7日(月)、肺炎のため逝去。 享年88歳。

 新聞では "ゴジラを18年間演じた" としか書かれていませんでしたが、NHKラジオのニュースでは、ゴジラの歩き方を動物園で熱心に研究していた様子や、着ぐるみがめちゃくちゃに重く、暑く、体力の消耗が激しいとのインタビュー記録、また海外からのオマージュ等、結構詳しく報道していました。

 ゴジラのデビュー映画は、お袋様に連れられて池袋東宝館で封切りを観ました・・・と言うよりも、超満員・立ち見で、二回ほど入れの替わり後でやっと席にありつけて、都合 "3回" 観た覚えがあります(当時は指定席なぞなかった。早い者勝ち方式。館内に居続けて何回も観る事も出来た)。

 小学生時代で、核兵器観が織り込まれている事なぞ解りようもなく、ただただ巨大怪獣(:"怪獣" と言う用語があったのかどうか)が東京のド真ん中を踏みつぶす迫力に圧倒されるだけでした。

 最近の "シン・ゴジラ" に至る迄、ゴジラは国内・海外で奮戦し通しですが、自分には最初の衝撃を越えるものは無い様です。


共通テーマ:日記・雑感

20170804:ジャンヌ・モローさん逝く [故人を悼む]

 オールド洋画ファンにとっては懐かしいフランスの女優 "ジャンヌ・モロー" さんがお亡くなりになった様だ。 7月31日@パリ市。 享年89歳。

 自分にとっては、ルイ・マル監督のデビュー作品:"死刑台のエレベーター" (1958年)が記憶に残っています。
 高校生の時で、とっくにつぶれてしまっている2or3番館の人生座@池袋@東京で格安で観た筈なのですが、若干25歳の監督がどうしてこんな大人の映画を仕上げる事が出来るのか、理解不能で、"格" というものを感じました。

 ミステリーものとしても必ず取り上げられる名作で、ご覧になっておられない方にはご鑑賞をお薦めしたいです。


共通テーマ:日記・雑感

20170727:平尾昌晃さん逝く [故人を悼む]

 この7月21日にお亡くなりになった。 享年79歳。

 "ロカビリー3人男" といえば、平尾さんと山下敬二郎さん(故人)、それにミッキー・カーチスさんのお三方で、60年近く前、日劇で開催されたウェスタン・カーニバルでのファンの狂信的な迄の熱狂ぶりが今でもTVで流される時があります(今時、"ロカビリー" を知っている方がどれ程おられるのか解りませんが、これは "ロック' ン' ロール+ヒルビリー" の "米製米語" であります)。

 山敬さんはロカビリー一筋に近かったですが、ミッキーさんは役者の路へ、平尾さんはその才能を曲造りで開花(自分の好みとは乖離がありましたが・・・)、3人3様の人生を見せてくれました。

 "星は何でも知っている" と "ミヨチャン" が好きで、いつも口ずさんでいた高校同級生がいたなぁ・・・
 8月にあるクラス会で話題になるに違いない。

 今年に入ってからだったと想います。
 TVインタビュー(?)に登場された時は、何かしら小さくなられた様な気がして、声も細く、健康どうなのかな・・・と想っていましたが。

 何方にも人生には "山あり谷あり" ですが、平尾さんでさえ一次は失意も経験された様です。
 自分とほぼ同じ時代をご活躍された平尾さんのご冥福を。
 黙礼。

共通テーマ:日記・雑感
前の20件 | - 故人を悼む ブログトップ