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20170518:蕎麦の食べ方(独断かつ我流) [食]

 自分は “麺喰い” であります。
 麺の類は、所謂パスタ類、中華麺、蕎麦等、何でも好きで、乾麺・生麺・冷凍麺・即席麺の何れも常備しているところなぞ、農学者にして発酵をご専門とし、自宅台所を “食魔亭” と称してあらゆる食材を食べまくる “未覚人飛行物体” こと、小泉武夫先生(東京農業大学名誉教授)と同じです。

 このブログ・コーナーでも立ち食い蕎麦/駅蕎麦巡りがあって楽しく、特に自分も入った事のあるお店だと余計に興味が涌くというものです。

 ”や*”、”砂*”、”更*” ・・・等の伝統を誇る老舗の蕎麦は確かに旨いし、素晴らしいに違いないが、財布に優しいとは言えないので、毎日という訳にはいかない。
 こういうところは、"蕎麦掻" とか "抜き" を "肴" に燗酒を味わい、〆で蒸籠・・・と楽しむ処と心得ているので、一年に数回で良いと想っています。

 昔、文藝春秋社から発行された "ベストオブ蕎麦"(文春文庫:1992年4月10日・第一刷版)では、伝統を誇る老舗お蕎麦屋さんだけではなく、地元だけで愛されている小さなお蕎麦屋さんをも好意的な姿勢で紹介していて、 ”蕎麦はこうでなきゃ駄目” ・・・と言わない処が読んでいて気持ち良かった(今は絶版?かも)。

 今では Yo*Tub* で日本中の駅そばや立ち食いそばが紹介されていて、これも退屈しませんネ。
 伝統を誇るお蕎麦屋さんのとは違ってお財布に大変優しい上に、”種モノ” はそれなりに旨いもので、馬鹿にしてはいけない。

 大体、蕎麦は ”間食じみた食べ物” で、こういう食べ方をしないといけない・・・等と言われる筋合いのものではない(結構いるんだな、こういうの)。 
 “美味しんぼ” に出てくる老舗蕎麦屋のご主人だって、形式ばってなんかいなかったですヨ。

 ”ベストオブ蕎麦” では、蕎麦の食べ方について著名人らの蘊蓄を皮肉交じりに紹介しており、ご参照迄に以下:

夏目漱石:吾輩は猫である(1906年)
 蕎麦は箸ですくった蕎麦の長さの1/3程をツユにつけて一口に飲む(なんとか先生の伝)

竹内勲兵:食通放談(1939年)
 蕎麦はホンの一寸お汁をつけてすする・・・これはつなぎの少ない ”手打ち蕎麦” の場合だけにあてはまる(手打ちは押しが緩いから少しつけても汁がよくしみる)。
 ”機械打ち” ではうんと汁をつけないといけない。

小林清之介:つゆ徳利に生けた花(1985年)
 柳家小さん師匠(先代)だって 「啜るよりも噛んだ方が旨い」 と言っている。

薬味については:
わさび
  ― 普通はツユの中に入れて溶く。
     蕎麦の上に少し乗せ、箸で一緒につゆに運んで付けて食べるのは ”キザ”
  ― 蕎麦の合間に微量を舌にのせて、口直しとして使う
  ― 少しづつ何度にもツユに入れて食べるのが好い
    (つまり人によって全然好みが違う)

唐辛子
― 掛けそばに向いている
― 七味唐辛子の様な複雑な匂いと味は蕎麦の香り邪魔

大根
― 蕎麦と大根は不思議と相性が良い

蕎麦は本来、”間食”・”香り”
― 東京の場合、そもそもが “趣味食” で、格好をつけて喰うもの(巴町砂場店主)
― 蕎麦は味よりも “匂い” を楽しむもの(池田弥三郎、獅子文六)

 蕎麦はかく喰うべしとあるのは、この⑤の行き過ぎでしょう。
 どう食おうと余計なお世話だ・・・と、言いたい・・・が自分の本音です。

 これはこの本では紹介されていませんが、自分の行きつけの居酒屋主人(←もとは名のある蕎麦職人だった)は、もり蕎麦や蒸籠は腹いっぱい食べるものでは無く、間食程度に
 ― 香りだつ蕎麦はそのまま、または水で食べる
 ― そうでない蕎麦は、好みの出汁で食べるが、
   せんじ詰めれば醤油の助けで喰っているようなもの
   (日本人って、何にでも醤油つけるからねぇ。醤油DNAって奴ヨ!)

と申しております。
 ご参照:”20170508:蕎麦が”肴” ”

 勿論、"種もの" は別の言い分がある様なのですが、それはまたの機会に・・・

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