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20170131:将棋とAI②:嘘を見破るAI [素人 AI 考]

 1月24日のブログ ”20170124:将棋とAI” の中で、将来のAIとして、『意図して嘘をつくAIの実現は? 逆に、嘘を見破るAIは? 人間の培ってきた経験知をも取り込むAIに、善悪とか法律尊守の様な概念を植え込む事は出来るのか? より効率的な学習方法自体を自由に学習するAIも生まれるのだろうか? 人間の持つ倫理観から遺伝子操作に制限が加えられている様に、AIの開発にはどの様な制約がつくのだろうか? 人間はそれに従ってたとしても、従わないAIが出現したらどうなるのか? 失望する様な感情を持つAIは? フランケンシュタイン博士の様なAI開発者・設計者が出てきたら、人はどう対処するのか?』 等と、素人丸出しの疑問を書き加えた。
 その後、新聞のスクラップ記事を整理していたら、日本経済新聞紙1月8日の夕刊に、何と「人の嘘見破るAIつくる」と題した囲み記事があった。 見逃していました。
 東大の島海不二夫准教授が開発されているとあった。 なぁんだ・・・やっぱりプロの方は考えておられたのですねぇ・・・
 同先生は、「将来社会で使われるAIには嘘が入力される事を前提に答えを返したり、相手を説得したりできないと、人間とうまくコミニュケーションできない」 と指摘されている。 10年程の近未来にはそれなりのAIが開発されそうとの事で、本当に待ち遠しい想いがします。
 あと10年かぁ・・・ もう少し早くならないかなぁ。 そうしたら体験出来るのに・・・と想う自分です。


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20170130:”老人” の定義が変わるそうな・・・ [自分の事]

 "日本老年学会" という学会があるそうで、1月5日に "高齢者の再定義" を提言している。
 現在、高齢者とは65歳以上を指し、その中で前期高齢者を74歳迄、後期高齢者を75歳以上としている(自分はついに本年4月に後期高齢者へ (>_<)。 自分の年代から観ると、この "後期" と言う呼び方には "先が無い" 言い回しにか感じない・・・実際そうなのだが)。
 この呼び方を、高齢者=75歳以上とし、
  准高齢者=65~74歳、高齢者=75~89歳、 超高齢者=90歳以上
と定義し直したいと言う。 背景には、病歴や身体能力等から判断して、今の高齢者層は10~20年前に比べて5~10歳若返っているとの調査結果があるそうだ(紹介記事:日本経済新聞紙2017年1月19日付け)。
 更に、准高齢者迄を働き手と捉えると言う。 EUや米国と違い、我が国は実質的に海外からの移民で労働力を補う事は主流とは言い難い(労働者総数に占める移民労働者数の割合がEUや米国とは桁違いに低いと聴いている)。 とすれば、この再定義は、高齢者層の一部を労働力の補填とする思惑があるのだろうか。 そうとなれば、年金支受給開始年齢も高齢側にシフトするに違いない。 自分よりも若い団塊世代と呼ばれる方々はどう感じておられるのだろうか。
 5~10歳若いと言っても、所詮は若手に邪魔扱いされる年寄りに過ぎず、力仕事には限界があろうし、進展・変転が急な情報処理システムに向き合わざるを得ないデスク作業をテキパキ裁ける高齢者は数が限られているに違いない。 国の医療制度や社会保障制度との関わりをどうするのか、難しい課題だ。 自分は若い世代の重荷にならない様、また、これからの健康生活を送れる様、せっせと努める事しか出来ないのか・・・  珍しく悩む自分がいます。


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20170129:"オデッサ・ファイル" を観た [ミステリ三昧]

 25日午後、NHKBSで "オデッサ・ファイル" を放映していた。 偶然気がつき、外出する時だったので慌てて録画し、帰宅してから最後の20分程だったが魅入った次第。 DVDを持っているが、今のばかでかい液晶TVでは解像度が低く、画面を楽しむのが若干苦しい(同じ様な昔のDVDが何十枚もあり、困っています)。
 十分にきれいな画像で放映されていた。 F.フォーサイスの評判になった小説の映画化(1974年)で、J.ボイドが主演し、怪俳優(?)M.シェルが敵役。 J.ボイドはハリウッドの名優(アンジェリーナ・ジョリーは娘さん)で、賞を多数得ている筈だが、T.クルーズが復活させた "ミッション・インポッシブル" の第一話(1996年)で裏切り役を演じていたものの、この役はちょっと・・・(>_<) 大昔の "スパイ大作戦"(何と、今、BSジャパンで再放映されている!)に出演していたM.ランドー等は憤慨して招かれた試写会を途中で退席したとのゴシップ記事をどこかで読んだ記憶があります。
 ドイツ・ハンブルクでの独居老人の死が発端となるナチス残党もので、最後の仕掛けも秀逸な作品と感じている。 第一外国語がドイツ語だった自分にとって、画面に映るポスター類・看板類の意味を読み取れるのが余計に楽しい。 同じフォーサイスの、事もあろうに仏・大統領の暗殺を扱った "ジャッカルの日"(1973年)は世界的にヒットした作品で、これもお気に入りだ。
 ナチス残党もので追記しておくと、"ゴルゴ13" にも一連の小シリーズがあって、これも力が入った作品です。 (映画の制作年度についてはWikipediaを参照しました) 


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20170128:カレーが残ったら・・・ [食]

 自分は "めん食い" である。 つまり、蕎麦・饂飩・ラーメン類・パスタ等の "麺喰い" で、乾麺・生麺・即席麺等、常備している。 このブログでも、蕎麦作りや駅蕎麦等の楽しい紹介がありますネ 気がつく限り "Nice!" を入れています。
 ところで、カレーライスが好きな方は大勢おられると思いますが、大抵はカレーをたくさん作り、余ってしまうのでは? カレーは一晩置いた方が甘みが増して美味しいと言いますが、それでも余ったらどうしますか?
 一昨日の昼が正にそういう訳で、試しに麺汁で薄く溶いて "カレーうどん" にしました。 お蕎麦屋さんのカレーうどん・カレーライスは独特の甘みがあって美味しいと多くの人が言いますが、それに近い味わいでした。 これから癖になりそうで、これを狙ってカレーライスの日が増えるかも・・・(こう言うのを "本末転倒" とも言うそうな)


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20170127:帝京大残念!(ラグビー日本選手権) [ラグビー]

 ラグビーが好きで、定期戦が始まると良く競技場へ出かけるかTV観戦する。 21日に日本選手権準決勝が花園ラグビー競技場(東大阪市)で開催され、TV中継を観た。 トップリーグ優勝のサントリーを相手に大学ラグビーチャンピオンの帝京大が大奮戦した。 結果は54-29に終わったが、前半は21-21で互角以上の戦いだった(後半はサントリーが奮起)。
 大学ラグビーも今や "パワー+ランニング" ラグビー全開で、明大・早大や関東学院がその始まりと思う。 特に春口監督率いる関東学院(関東大学リーグ戦)と清宮監督率いる早大(同・対抗戦)の大学選手権の覇権を目指した準決勝戦・決勝戦は観る者を熱くしてくれた事を昨日の様に思いおこす(10年以上も前の話だ)。 今や、関東では帝京大・東海大、関西では天理大・同志社が抜きん出いている様だ。
 帝京大が未踏の大学ラグビー選手権8連覇を果たしたが、自分の観るところ、昨シーズンのチームの方が強かったのでは・・・ 今シーズンの帝京大のスクラムは、大学選手権での天理大(準決勝で対戦)や東海大(決勝戦で対戦)に押し込まれる場面が再三あり、意外に脆かった。 9連覇を阻むのは天理大か東海大と思えるが、果たして・・・
 大学であっても、トップリーグであっても、今やスポーツ医学の見地から選手の体格作り・メンタルトレーニング、更に卓越したゲーム戦略無くしては戦いにならない時代だ。 昔乍らの "ラーメン+丼飯"、パスして走っているだけのゲーム運び(←ラグビーは陣地取り合戦なのに!)は通用しないし、長期間を通して一貫したコーチ・監督陣の指導・采配が、そしてそれを認める大学側の揺るぎない方針が必要に思う。 春口監督は30年間以上、2年で交代・非常勤が常態の早大監督だが清宮監督は5年間の常勤、帝京大を率いる岩出監督も20間年、継続してチームを鍛え、強くしたのだ(残念ながら春口監督・清宮監督がいなくなった関東学院・早大は、以後、彼等が育てた選手が卒業したとたん低迷時代が続いている)。 それが出来ないチームはトップに上れない厳しい時代になった。 それでも試合終了後に素直に相手を称える習慣が残っているのを観るのはうれしい。
 さて、29日のサントリー vs パナソニックの日本選手権決勝戦が終われば、次はスーパーラグビーが始まり、日本チーム("サンウルブズ")の応援に入ので、楽しみは続く。 昨シーズンは15戦1勝に終わったが、今シーズンはどうなるのか、期待しているところです。


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20170126:松方弘樹さんを悼む [故人を悼む]

 闘病中であったが1月21日に逝去された(享年74歳)と知った。 実録物は観ていないが、豪快な時代劇を演じた俳優であるにも関わらず、タケシさんのバラエティ番組に出て、白っぽいハンカチで汗を拭く仕草が何とも剽軽な人柄を醸し出していたと記憶している。 自分は現役真っ盛りの頃で、1990年代のTV時代劇で "遠山の金さん" を演じていたのは知らないが、趣味の釣りで、巨大なまぐろを仕留めた記録を観た覚えはある。 うれしそうな笑顔は無邪気そのもので、奥様とお別れになった舌禍事件等、とても信じられなかった。
 "遠山の金さん" と言えば、東映時代劇の二枚看板の一つで(今ひとつは、市川歌右衛門さんの "ご存じ旗本退屈男")、片岡知恵蔵さんのシリーズ物だったが、偶然にも最近NHKBSで放映されていた。 大川橋蔵さんも出演していたが、その美男子ぶりは今観ても凄い。 中村錦之助(後の萬屋錦之介)さんを始め、往年の東映時代劇スターはもう殆どいない。 当時、一番の若手組だった里見浩太朗さんや、更に若い北大路欣也さん等が、今では署長だったり外務大臣だったり、好々爺を演じて頑張っておられるのが頼もしいものの、時間だけは誰にでも等しく流れ、寂しい限りです。 とはいえ、居眠り磐音江戸双紙で主役を演ずる山本耕史さんの様な時代劇が似合う若手も出てきて、期待はしています。
 松方弘樹さんへ黙祷です。


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20170125:豆腐・・・ガッテン流をやってみたら美味しかった! [食]

 豆腐が好きである。 しかし味わい深い豆腐は高価でもある。 年金生活者ともなれば毎日とはいかない。
 ところが、昨年の何時頃だったか、NHKの "試してガッテン!" で、豆腐の美味しくなる調理法を紹介していた。 スーパーやコンビニでお馴染みの、安価だが、味も素っ気も無い豆腐であっても、フードプロセッサーを使ってクリーム状に加工すると、たちまち美味しくなると言う。 ある時に想い出して、すぐに試してみた。 本当なのでビックリ。 タンパク質でカプセル化されていたリノール酸等油成分が解放されて直接味わう事に秘密があるとか。 "美味しんぼ" という漫画の第一話が確か豆腐の話だったが、豆腐の構造とか、味わいの秘密等には触れていなかったので、本当に驚いた。
 しかし、毎度毎度フードプロセッサーを使うのも面倒だ(特に使った後の洗いが・・・)。 そこでスプーンを使ったり、食器棚の奥に眠っていた小さなすり鉢を利用して丹念に潰すと、それなりに美味しさがアップ! 本当です。 お試しあれ! 一丁数百円もする汲み出し豆腐とかザル豆腐にも近い味わいが楽しめます。
 馴染みの居酒屋の亭主に紹介したら、プロもビックリしていました。


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20170124:将棋とAI [素人 AI 考]

 膨大な数値データーベースを蓄え、更に人間の経験知をも踏まえて訓練された所謂AI(人工知能)の話題が尽きない。 つい最近は、プロの将棋士が対局中の一時退席時に、携帯通信機器を介してAIを組み込んだ将棋プログラムを利用していたのでは・・・と疑念が持たれた事件があった。 協会にとってもコンピュータ将棋の余りの技能向上に対応の術を失ってしまったかの様に見えたのは自分だけでは無いと思う。
 IBM社が開発したチェス・プログラム("DeepBlue")が世界チャンピオンに勝利したのは確か1997年頃だったと思う。 既に20年前後を経ており、その後のAIの発展は "深層学習法" により革新的に加速された様で、囲碁でも世界チャンピオン級のプロに圧倒的な差で勝ったのがほぼ一年前。 今では更に能力アップして、ネット対局では匿名同士で中国・韓国・日本の囲碁トップ級プロに連戦連勝しているとも伝えられている。
 今や、チェス・将棋・囲碁は電脳が支配する思考ゲームになったのか。 人間が君臨できるのは、麻雀とか、ブリッジやポーカーの様な "意図的な引っかけ" も織り込んだ手が必須な複数参加ゲームなのか。
 意図して嘘をつくAIの実現は? 逆に、嘘を見破るAIは? 人間の培ってきた経験知をも取り込むAIに、善悪とか法律尊守の様な概念を植え込む事は出来るのか? より効率的な学習方法自体を自由に学習するAIも生まれるのだろうか? 人間の持つ倫理観から遺伝子操作に制限が加えられている様に、AIの開発にはどの様な制約がつくのだろうか? 人間はそれに従ってたとしても、従わないAIが出現したらどうなるのか? 失望する様な感情を持つAIは? フランケンシュタイン博士の様なAI開発者・設計者が出てきたら、人はどう対処するのか?
 NHKのサイエンスZEROで紹介されていた知識しか持ち合わせていない素人には、AIの発展には楽しい様な、待ち遠しい様な、そして同時に、不安な想いもつきまとう。 自分だけなら良いのだが・・・


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20170123:"一日8000歩説" に ”違和感” 有り [自分の事]

 運動不足解消や健康志向を目指したジョギングやウォーキングがとても盛んだ。 自分が住む横浜市郊外には川沿いの遊歩道が完備され、また丘陵地帯なので適度な坂道がたくさんあり、走りや散歩コースに恵まれている。 川沿いをゆったりとした気分で散歩していると、それこそ歳別・性別に関係なく大勢の人々がジョギングとかウォーキングを日課としている事に気がつく。
 最近、"一日8000歩(内、中程度運動20分)が健康には効果的" との調査結果(東京都健康長寿医療センター研究所)が紹介されていた(日経紙:2017年1月12日付け)。 成る程・・・と感じたが、すぐに "違和感" を覚えた。 自分に限った経験からだが、60歳代迄ならともかく、70歳代の高齢者が一日に8000(:以後、"1000" を "1K" と略記します)歩も歩くには毎日1.5時間程、或いはそれ以上の時間が必要だ。 雨の日・寒い日・暑い日・強風の日等、高齢者が無理すべきでは無い日も結構あり、一日平均8K歩を維持するのは大変な労力と時間を要する(年金生活者であっても結構なすべき事が多く、毎日歩いてばかりはいられない (>_<) )。 調査をされた方々は、元気な、バリバリの現役の方で、通勤・お仕事だけで軽く10K歩程度は稼いでいるのでしょうが、高齢者の日常生活の実態をご存じなのか・・・
 自分の経験から独断すると、この調査には原因と結果が逆転しているケースが一部紛れ込んでいるのでは・・・と思わざるを得ません(多種多様な背景を持つ人間の多数の記録データーから原因と結果を導くのは、統計学の専門家にとっても大変難しいと聴きます)。 8K歩くから健康・・・なのでは無く、健康だから毎日8K歩も歩けるのだ・・・と(?)。 紹介記事を書かれた記者の方、毎日8K歩いておられますか?(以上は自分の経験からの独断であり、東京都の調査結果に "異議" を唱えている訳ではありません。あくまで、"違和感" です)。


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20170122:"ニャン" フィーバー [ニャン]

 猫が大ブームだ。 TVでも数多くの番組が可愛らしいニャン子を特集している。 自分も、NHKBSで放映されている岩合さんの "世界ネコ歩き記" は最初から観ているし、ほぼ全編録画し、BDに収めた上で繰り返し鑑賞している。 最近はTVで例の "PAPP" に "出演" ている(?)ニャンがいてビックリした。 餌代やグッズ・本類等を含めた経済効果は2兆円を超すそうで、"ネコノミクス" と言うそうだ(出所:Wikipedia_Ver.20160805)。
 我が国の飼猫と飼犬は共に一千万匹弱らしいが、近々猫の方が犬を上回る見込みらしい。 家の中で一日中放し飼いが出来たり、散歩を日課としない猫の方が若い独り者や独居老人に向いている事が背景にあるという。
 似た様な理由で我が家にも2010年11月からニャンを迎える様になった。 種は "ソマリ"。 声が鈴の様でとても可愛らしいが、多分に野生が残っており(←獣医師の指摘)、"人見知り" が激しい。 家内がニャンを迎える事を言い出したのだが、どうやら自分が勤めを辞めたがっていて、家にいる時間が多くなりそうなのを察して "危険予知" したらしい(?←折角勤めでほぼ一日中家にいなかった旦那が、勤めを辞めてずっと家に居着く事はかみさんにとって最大の "ストレス" であると聴いている)。
 ニャンが来てから我が家は一変した。 何と言ってもその癒やし効果には代えがたいものがある。 主人公はニャンとなり、正にTVで盛んに喧伝されている様に "ツンデレ" に振り回されている。 時にパソコンに向かっているとキーボードの上に座り込み、首をなぞるのを求める。 またそれを苦にしなくなっている自分が不思議だ。 生まれた時からニャンを飼っていた家に育った家内は扱いが巧く、ニャンも承知している。
 住んでいる横浜市郊外は丘陵地帯で、川沿いの遊歩道や小さな山林が豊富で自然に満ちているが、ウォーキングの途中で野良ニャンを良く見かける。 思わず餌の類いを与えたい衝撃にかられるが、これはしてはいけないそうだ。 自分の居住地域では保護ニャンの終末処理は行われていない模様だが、"ふくよかな" 我が家のニャンに比べて痩せている野良ニャンを観るのは辛いものがある。 彼等の寿命は数年、飼いニャンのそれは最近は20年に近いそうで、家・庭・資産に恵まれていれば全員飼いたいとも想う様になってしまった。 もっと金儲けが巧い才があれば良かった(?)とも思う次第だ。


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