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20170715:論文引用数から科学技術力が解るのか [ただの私見]

 今話題の文部科学省が、我が国の "科学技術力衰退の危機" を訴えている様です。

 以下、中身の薄い話で(←何時もの事ですが・・・)、しかも長文です。
 ご用心下さい(お時間無駄になさいませぬ様)。


 科学技術・学術政策研究所の調査結果によれば、世界で引用される回数で見て、上位10%のトップ論文のシェア(=2012~2014年間平均)は
 1位:米国(40%弱)
 2位:中国(15%強)
 3位:英国(10%強)
 4位:ドイツ(10%程度)
・・・
 10位:日本

で、我が国は10年前の4位から大きく後退している(但し3位以下10位程までの差違は極く僅かで、順位付けするに値する "有意差" を持っているのかどうか、統計処理の妥当性は説明が乏しいので不明だ)。

 この事から、例えば2017年6月17日付け日経紙では日本の科学技術力の低下・衰退を嘆いているのだが、自分の見方は重なるところもあるが少し違う

 先ず第一に米国や中国とは研究者総数が圧倒的に違う
 世界中から高 IQ の持ち主を戦略的に集めている米国や、日本の10倍以上の人口を持つ中国( ≡ 優れた日本人研究者と同程度の中国研究者が10倍以上いると言う事です )と日本は直接比較は出来ないし、引用が多いと言う事は、勿論、論文の質が高い事を意味する場合もあるが、今ひとつ、当該テーマを追いかける研究者人口が多い事をも意味する。

 重ねて申し上げるが、研究者人口が多いテーマが、即、質の高い研究テーマとは限らない
 どこの国でも研究開発事業の予算を付ける際、現時点から近未来に渡った外部/内部環境、強み/弱み分析をし、"的外れではなさそうなテーマ" を優先的に選定するから、この様なテーマでは必然的に研究者人口が相対的に多くなるし、"やれば出来る" 可能性の高いテーマに偏りがちだ(成果が見えない、又は解らない課題には精々 "おざなりの予算" が付く程度なのが現実です)。

 ノーベル賞受賞のケースだって、そのテーマの研究者が多かったとは限らない。
 むしろ少数派で、だれも注目しなかったテーマすらある。
 2016年ノーベル生理学・医学賞を受賞された大隈良典栄誉教授(東工大)の "オートファジー" だって、当初はだれも注目しなかったテーマだった:
  ご参考:”20161212:大隈栄誉教授(東工大)受賞”

 今ひとつ、これは柄にも無く自分が論文審査した時の経験、更に現役の某国立大学某教授がやはり論文審査した時の経験談だったが、中国研究者の論文の場合、身内引用が極端に多い事も留意しておく必要がある。
 全く同じ現象は旧ソ連時代にも見られた事で、何でもかんでも最初に発見・発明したのはソ連人かの様で、張り合っている時に見られ得る現象だと考えます(今のロシア人論文の現状がどうかは、現役を引退した自分には解らない)。

 引用頻度から被引用論文の質を評価する際には、引用論文自体の質と執筆者との関連性等、充分に考慮したきめ細かい分析が必要と考えます。

 引用頻度が減った事は勿論好ましい話では決して無いが、即座に技術力の衰退と騒ぐよりも、先例重視・実績重視よりも独創性の高いテーマを "感じ取る" 予算配分責任者の任務が重要だと自分は考えます。

 小賢しい "後追い研究" では、第一集団に紛れ込む事は出来ても、先頭は走れない( "二番手では駄目なんです!" )。

 人智を超える AI が出現した今、人には "創造性" が求められる・・・とは誰もが指摘する所ですが、これがどれほど難しい事か、何方でもお解りの筈です。

 その為には若手研究者を信用する事です。
 ・・・と自分は信じております。


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